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特集
取材現場から
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ミクロネシア、フェニックス諸島の自然
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


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文=グレゴリー・S・ストーン 写真=ポール・ニックレン

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貴重な海の生態系が残る、太平洋ミクロネシア、キリバス共和国のフェニックス諸島。この「海の楽園」でサンゴ礁や魚たちを調査した。

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 カントン島をはじめ八つの小さな島からなる、キリバス共和国領のフェニックス諸島は、粒の不ぞろいの宝石がついたネックレスのようだ。面積は島と島の間の海を入れても6万5000平方キロ、人口はわずか9万3000人しかいない。

詳しくは本誌をお読みください。


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今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。





特集関連の豆知識

 フェニックス諸島の海中は、2000年と2002年に米国のニューイングランド水族館副館長のグレゴリー・S・ストーン率いる調査隊が訪れるまで、ほとんど調査されたことがなかった。島々は大海に囲まれ、平穏に見えるが、めまぐるしい歴史を経てきた。
 この群島の考古学上の痕跡を見ると、ヨーロッパ人の渡来以前に、ポリネシア人と思われる人々が入植し、その後引き揚げたことが分る。記録に残る歴史は、1800年代初頭の捕鯨船の時代にさかのぼる。この頃、フェニックス諸島周辺の海域はマッコウクジラの漁場として注目され、多くの捕鯨船が行き交っていた。カントン島の名前は、ここで座礁した米国の捕鯨船、カントン号から取ったものだ。
 やがて捕鯨船以外の船や数多くの船員たちが訪れるようになると、島に堆積する燐酸塩を豊富に含むグアノ(鳥の糞、肥料として使われる)に人々の関心が集まった。1800年代半ば、フェニックス諸島でグアノが採掘されたが、枯渇したため、採掘者たちは数年で立ち去っている。
 その後、平穏な時代が続いたが、1935年、英国はフェニックス諸島を英領植民地のギルバート・エリス諸島の一部とみなし、ラジオ局を開設する。1937年、皆既日食の観測地カントン島が注目を浴びると、今度は米国がこの諸島に関心を示した。1938年、米国はカントン島とエンダーベリー島の領有権を主張して英国と対立。米国のパンアメリカン航空はカントン島の中央にある礁湖の一部を爆破して滑走路を敷設し、太平洋横断の水上飛行機の寄港地とした(同航空は、乗客の滞在用のホテルも建設した)。英国と米国の領有権をめぐる争いは1939年に「両国が50年間共同統治する」ことで合意に至った。
 キリバスの住民も、フェニックス諸島への移住を開始する。1938年、第1回フェニックス諸島再定住計画の下、ギルバート諸島から島民の一部が、オロナ島、マンラ島、ニクマロロ島に移り住んだ。しかし1963年には、この試みは失敗に終わり、残っていた人々はソロモン諸島に移動する。
 第2次世界大戦が始まると、英米両国の入植者は撤退し、米軍は太平洋方面の作戦本部の一つをカントン島に設けて、飛行場を造る。後にNASA(米航空宇宙局)がここを衛星追跡基地として、また米空軍がミサイル実験基地として利用したが、1976年に閉鎖した。
 1970年代以降は、ほぼ穏やかな日々が続いている。キリバスが1979年に独立を宣言した後は、ギルバート諸島から入植者の一団がカントン島に住み、フェニックス諸島の管理にあたる。2001年にはオロナ島への定住計画がスタートしたが、これまで200人を超えたことはなく、人口は減少傾向にある。
 フェニックス諸島の将来は、野生生物の楽園とするのが一番望ましいようだ。バーニー島、ラワキ島、マンラ島は、1938年に鳥類保護区に、1975年には野生生物保護区に指定され、ほぼ自然に委ねられた形になっている。キリバス共和国政府は最近、群島の海洋資源保護に合意した。これによって、サンゴ礁に被害をもたらす魚の乱獲と土地開発は回避できる可能性が見えてきた。
 今も謎に包まれた出来事がある。1937年、米国の有名な女流飛行士アメリア・イアハートが、フェニックス諸島の北西、米国領のハウランド島に向かう途中、太平洋上で消息を絶った。墜落したのか、あるいはニクマロロ島に着陸したのか。失踪の真実の解明をめざす団体の調査が今も現地で続いている。

――エリザベス・スノッドグラス

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関連リンク

米ニューイングランド水族館の海洋研究プロジェクト:フェニックス諸島から送られてくるデータを通して、科学調査団による野外研究を紹介。調査データは写真入りで、調査に随行している気分が味わえる。
http://www.neaq.org/scilearn/conservation/primal.html

フェニックス諸島海洋研究プロジェクト 2000:米ニューイングランド水族館が最初にフェニックス諸島へ調査隊を送った2000年を振り返る。日々のレポート、プレス・リリース、調査隊の要綱から、プロジェクトが始まったときの様子を知ることができる。
http://www.naia.com.fj/phoenix/

オーストラリア博物館:このサイトに行けばどんな魚のことでも調べられる。一般的な名前、あるいは分類学上の名前で引くときには特に便利だ。リストアップされたデータには、それぞれ、写真、生息地域、関連情報が付与されている。逆引き機能もあるので、魚の形から名前を特定することもできる。
http://www.amonline.net.au/fishes/fishfacts/index.htm

イアハート・プロジェクト:1937年、太平洋上で消息を絶ったアメリア・イアハート、その謎について、TIGHAR(The International Group for Historic Aircraft Recovery)が立てた仮説が紹介されている。TIGHARは、長年の調査によって集めた証拠を立証しながら仮説を詳しく説明しているが、いまだ真相究明には至っていない。
http://www.tighar.org/Projects/Earhart/AEhypothesis.html

キリバス共和国:フェニックス諸島:フェニックス諸島を構成する島の一つひとつを、その歴史と自然史とともに紹介する。
http://www.janeresture.com/kiribati_phoenix_group/index.htm

フロリダ自然史博物館の魚類学:海洋資源に関するこのサイトはあらゆる魚を網羅するが、サメに関する情報が特に充実している。
http://www.flmnh.ufl.edu/fish/



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