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特集
取材現場から
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パリ・セーヌ川右岸 マレ区
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


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文=キャシー・ニューマン 写真=ウィリアム・アルバート・アラード

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パリきってのおしゃれな街、マレ区。様々な文化やライフスタイルが息づき、自由気ままな空気が漂う。

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 狭い石畳の道に古びた街灯。パリのマレ区には、魔法のように人を魅了する雰囲気が漂っている。17世紀初めにヴォージュ広場ができて、しゃれた住宅街になったマレ区は、その後さびれた時期もあったが、今、再び活気を取り戻し、自由気ままな暮らしを愛する人々が集まるようになった。

詳しくは本誌をお読みください。

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今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。





特集関連の豆知識

 マレ区に残っていた16世紀の狭い通りや歴史的な邸宅は、19世紀の半ば以降、2度にわたってあらかた取り壊された。
 1度目は1853年、皇帝ナポレオン3世がセーヌ県知事のジョルジュ・オスマンに命じて、パリの中世の街並みを近代的に改造させた時のこと。オスマンは狭い通りが網の目のように走るパリの市内に、幅の広い並木道を通し、近代的な上下水道を敷き、各所に公園をつくり、街灯や歩道の数を増やした。だが、この歴史的なパリの街並みの再開発にあたって、オスマンは一部の地区を大々的に取り壊した。オスマンが公金の不正使用の疑いで職を追われなければ、マレ区も取り壊されていたことだろう。
 その後1950年代まで、マレ区は再開発されずにきたが、2世紀も放置されていたため、街並みは急速に荒れ果てていった。行政当局は一部の歴史的建造物を残して市街地を再開発することを決定。狭く曲がった道路の拡張整備や、近代的なオフィスビルや住宅の建設に取り組んだ。一部の市街地は取り壊され、住民も立ち退いた。だが資金不足のために、再開発計画は中止に追い込まれた。

――ケイト・ラインベリー

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関連リンク

ヴォージュ広場のホームページ
http://www.aviewoncities.com/paris/placedesvosges.htm

ピカソ美術館のホームページ
http://www.paris-tourism.com/museums/picasso/index.html



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