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特集
取材現場から
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マヤのアグアテカ遺跡
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


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文=猪俣健 写真=ケネス・ギャレット

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敵に追われた王と廷臣が残した、8世紀マヤ文明の至宝

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 中米グアテマラに栄えた古代マヤ文明の都市の一つ、アグアテカが、紀元800年頃のタン・テ・キニッチ王の時代に突然、終わりを迎えた。アグアテカの王と貴族は、征服者というより、この都そのものを葬り去ろうとした敵の襲撃を受けてこの地を去り、宮廷生活の様子を伝える貴重な品々を残した。米国アリゾナ大学で古代マヤ文明を研究する日本人考古学者、猪俣健氏がこのアグアテカ遺跡の発掘で見つかった石碑や土偶、仮面などの遺物から、王朝貴族の生活を解説する。

詳しくは本誌をお読みください。

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もっと知りたいなら…

今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。





特集関連の豆知識

マヤ文明の石碑の役割

 今日、私たちがよく目にする戦士の姿を刻んだ石碑は、そのほとんどが戦死した兵士の記念碑だ。だが古代マヤ文明では、戦いに勝った王を石碑に刻んだ。土地を支配する王が、優れた技をもつ工芸家たちにこうした石碑をつくらせた。
 支配者の王は、王位を示す頭飾りなどを身につけた肖像を石碑に刻み、権力の象徴とした。
 その猛勇ぶりは鎧(よろい)姿で強調され、ベルトには倒した敵の頭蓋骨やしぼんだ頭部がぶら下がっていることが多い。石碑のその他の面にはマヤの象形文字が刻まれ、王の生誕や血統、王位の継承、征服した敵のことなどが詳しく書かれてある。長い間権力をふるった王は、領土のあちこちに石碑を建てて、その名を残そうとした。
 中米では、比較的柔らかく、切り出した後、時間が経つにつれて硬くなる石灰岩が簡単に見つかるため、石碑の素材によく使われた。彫刻家たちは黒曜石などを使った斧やノミで石灰岩を刻んだ。研究家たちによれば、石碑は色彩も施されていて、支配下にある人々に王の力を強く印象づけたはずだという。

――ナンシー・マジカウスキー

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関連リンク

米アリゾナ大学アグアテカ考古学プロジェクト
「Aguateca Archaeological Project」
http://www.u.arizona.edu/ic/anth453/index.html

文明の没落を研究するホームページ「Annenberg Foundation and the Corporation for Public Broadcasting」
http://www.learner.org/exhibits/collapse/mayans.html





日本版の過去記事

1995年5月号「よみがえったマヤの壁画」

1997年12月号「マヤ・コパン遺跡の王家の墓」

2002年4月号「マヤのピラミッド遺跡」


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