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特集
取材現場から
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スーダン
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


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文=ポール・サロペック 写真=ランディ・オルソン

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南北の対立に疲弊した国スーダンの現実

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エジプトの南に位置するスーダンでは50年来、南北の民族紛争が繰り返されてきた。1983年からの内戦では死者は200万人に達した。北部のアラブ系イスラム教徒と南部のアフリカ系先住民族との間の宗教上の対立であると同時に、南部に多い原油を巡る利権争いでもある。終わりのない内戦に疲れ果てたこの国の今を報告する。

詳しくは本誌をお読みください。


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もっと知りたいなら…

今回の特集に関してもっと知りたい方に、参考となる情報を提供します。





特集関連の豆知識

 サンゴでできた、かつての美しい建物は朽ち果てたが、スアキン島の港は今も、スーダンの文化の盛衰を示すシンボルだ。
 ポート・スーダンから南へ58キロ、紅海に面した町スアキンは、断続的ながらこの600年間、スーダン東部から、北はインド、中国、エジプト、イラク、南はエチオピアやケニアへ至る交易網の中心地だった。要衝にあったスアキンは、アジアとアフリカ、そして中東の国々をつなぐ役目を果たした。イスラム教はここから、キリスト教とアニミズムを信仰するアフリカ大陸に進出。16世紀にオスマン・トルコが勢力を拡大すると、アフリカのイスラム教徒はスアキン島を経由して巡礼地メッカへ渡った。当時オスマン・トルコに支配されていたエジプトを通るより安全だったのだ。紀元前10世紀頃からエジプト王ラムセス3世が貿易港として利用していたと考える考古学者もいる。
 スアキンが最盛期を迎えたのは奴隷貿易が行われた19世紀。しかし、蒸気船の発達や1869年のスエズ運河開通、1900年代前半のポート・スーダン新設、サンゴ礁の拡大によって船の入港が困難になったことなどが原因で、次第に活気を失っていった。1920年代、一時復活したものの、往時の繁栄を取り戻すことはなかった。

――メーガン・マルホーランド

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関連リンク

スーダンでの原油の採掘権や民族分布、政府軍と反政府軍の勢力分布などの地図が見られる。
www.rightsmaps.com/html/sudmap1.html.

スーダンの最新ニュースや政府や反政府勢力が発信する情報など「Sudan Net」
www.sudan.net



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