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特集
取材現場から
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潜水艇ハンレー
記事の筆者と写真家が、取材現場から報告する「最高の経験」、「最悪の体験」、そして「最も風変わりな思い出」。



本誌に載らなかったオンラインだけの写真。撮影条件も紹介します。


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文=グレン・オーランド 写真=アイラ・ブロック

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米国の南北戦争下で、「史上初めて敵艦を撃沈した潜水艇」として、その名を残した南軍の潜水艇が136年ぶりに海底から引き揚げられた。

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1864年初め、米国サウスカロライナ州チャールストン。南北戦争は北軍が優勢で、物資不足に直面していた南軍は、北軍による港湾封鎖を一刻も早く突破しなければならなかった。そして、その突破口として期待を集めていた秘密兵器が潜水艇「ハンレー」だった。2000年8月8日、行方不明になっていたこの潜水艇が海底から引き揚げられた。

詳しくは本誌をお読みください。


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特集関連の豆知識

魚雷がなんだ!

 「"魚雷"なんてクソくらえ。全速前進!」
 南北戦争下、北軍の海軍少将デビッド・ファラガットはこう部下に命じた。このとき彼が言った"魚雷"は、潜水艇ハンレーが北軍の蒸気船ヒューザトニックを沈めるのに使ったのと同じものを指している。それは現在、私たちが思い浮かべるミサイルのような流線型の魚雷ではなく、黒色火薬の地雷のようなものだった。
 潜水艇ハンレーは1864年2月、北軍によるチャールストン港の海上封鎖の突破をめざす。その一方、南軍は依然物資を、メキシコ湾に面したアラバマ州モービル湾から輸送していた。北軍は、この湾を守る南軍要塞を奪取すべく1864年8月5日、18艇からなるファラガット艦隊を出撃させた。
 南軍は、この湾内の狭い海峡に海面直下に浮かぶ"魚雷"を仕掛けていた。先鋒の北軍艦は装甲艦だったが、この魚雷に当たって沈没。それを見た木造船や蒸気船は立ち往生し、艦隊は混乱してしまった。その時、ファラガットは自らが乗船した旗艦ハートフォードに冒頭のように命じたのだった。
 北軍は3時間でモービル湾を占領、そしてメキシコ湾における南軍最後の砦は崩壊してしまった。

――ジェーン・ベッセルズ

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関連リンク

潜水艇「ハンレー」の公式サイト。歴史から修復、保存といった情報まで。
www.hunley.org

海軍歴史センター「Naval Historical Center」による潜水艇の情報
www.history.navy.mil/branches/org12-3.htm





日本版の過去記事

1999年10月号「金塊とともに眠る日本の潜水艦」


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