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2003年5月号 第9巻第5号 通巻No.98
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エベレスト初登頂50周年


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エベレスト初登頂から50年
P36

 1953年5月、エドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイが史上初のエベレスト登頂に成功。以来、63カ国の登山家約1200人がエベレストの山頂に立っている。世界最高峰のエベレストが登山家たちをひきつけるものは一体何か。

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エベレスト登山史
P50

 19世紀半ばにエベレスト(当時の名はピーク15)が世界最高峰とされてから、女性初登頂の田部井淳子を含め数多くの登山家が快挙を成し遂げた。50年間の登頂の歴史を振り返る。
文=マイケル・クレシウス

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人体の限界-高山病
P64

 エベレスト山頂の酸素量は海面レベルのたった30%しかない。死と隣り合わせの過酷な環境が人体、特に脳と肺にもたらす影響を医学的に解説する。
文=マイケル・クレシウス

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ヒラリーの素顔
P68

 偉業を達成した山男ヒラリーには、恋人にプロポーズできないほどの気弱な一面もあった。エリザベス女王から「サー」の称号を授かった時のエピソードなどをまじえ、その素顔を紹介する。
文=ピーター・ミラー

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その後の人生
P72

 シェルパ民族と親交を深めたヒラリー卿は、恩返しとして現地に学校や医療施設、僧院を建ててきた。「登頂後の半生のほうが重要だった」と語る、ヒラリー卿の50年を振り返る。
文=エドモンド・ヒラリー卿

■ 日本隊、快挙の瞬間
シェルパの国ネパール、米国についで日本のエベレスト登頂者数は世界第3位。日本各隊の快挙がどのように達成されたかを報告する。

■ 付録地図:「エベレスト」
スペースシャトルでとらえた画像と空撮写真を使ってエベレストの全容を詳細に再現。またシェルパ民族が暮らす村々を紹介する。

筆者と写真家が音声と写真で説明する サイト&サウンド>>

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シェルパ民族
P76

 ヒマラヤ登山ガイドの代名詞である「シェルパ」は、もともとはネパール北東部に暮らすシェルパ民族が語源。山岳ガイド業で経済的に潤った彼らの生活に現代化の波が押し寄せている。
文=T・R・リード 写真=ロブ・ケンドリック


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マヤのアグアテカ遺跡
P114

 紀元800年頃、古代マヤ文明の都市の一つ、アグアテカが突然崩壊する。敵の襲撃を受け、焼き尽くされたのだ。米アリゾナ大学の研究者、猪俣健氏が発掘で明らかになった王朝貴族の生活を解説する。
文=猪俣健 写真=猪俣健、ケネス・ギャレット


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カゲロウ
P124

 ハンガリーのティサ川では毎年晩春から初夏にかけてカゲロウが大量発生する。「ティサ川の開花」と地元で呼ばれるこの現象を、ハンガリー人の写真家が撮影。水生昆虫の短くも力強い命の活動を追う。
文・写真=ヨージェフ・L・セントペーテリ



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表紙

50年前の1953年5月、エベレスト初登頂をめざすエドモンド・ヒラリー。シェルパのテンジン・ノルゲイとともに5月29日にその山頂に立った。

写真=英国王立地理学協会


コラムI

地球新発見
P10
■滑空する恐竜

日本新発見
P17
■珍しいヤゴ

列島探訪
P22
■高知県・嶺北地域

読者フォーラム
P26
■マヤの日本人

日本の百年
P35
■明治の鯉のぼり


コラムII

取材現場から
P138
■高山の危険な空撮

最後の一枚
P142
■40年前のエベレスト


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