スペイン北部の洞窟で、馬の壁画から試料を採取する考古学者のアリステア・パイク(Alistair Pike)氏とダーク・ホフマン(Dirk Hoffmann)氏。正確な年代測定はこれからだが、壁画は少なくとも1万3000年前に描かれた。

Photograph by Stephen Alvarez / National Geographic Creative
 イギリス、サウスハンプトン大学の考古学者で、ナショナル ジオグラフィック協会から助成金を受けるアリステア・パイク(Alistair Pike)氏は、放射性炭素年代測定法を用いた洞窟壁画研究の草分け的存在である。2012年、パイク氏率いる研究チームがスペインのエル・カスティージョ洞窟にある赤い円を少なくとも4万800年前のものと測定し、以来世界最古の洞窟壁画として知られている。 先週、パイク氏と同じ年代測定法を使用した別の研究チームが、インドネシアの洞窟に描かれた手形のステンシルとバビルサ(インドネシア語で“豚鹿”を意味する)を少なくとも4万年前の壁画と発表し、年代的にヨーロッパの洞窟壁画と肩を並べる結果となった。

 ナショナル ジオグラフィックは、インドネシアの壁画や、世界最古の芸術家を探す意味についてパイク氏に話を聞いた。

◆ヨーロッパ以外で古い洞窟壁画が見つかり、大変驚かれたのでは?

 はい。それによって私たちの考え方が変わり、洞窟壁画の起源というよりは、むしろ理由について多くの疑問が沸き起こりました。興味深いことに、手形のステンシルは、ヨーロッパや世界中に点在するものとほぼ同じでした。

 洞窟壁画の起源について、これまで“ヨーロッパ中心”の見方であったことを新たな研究は示しました。長年、フランスやスペインを洞窟壁画発祥の地と考えてきたのは当然のことです。これらの地域で発見されたわけですから。

◆今回の発見以前、洞窟壁画の歴史はどのように考えられていましたか?

 人類の祖先がヨーロッパに移住し、ネアンデルタール人と洞窟をめぐって争うようになり、文化的変化が生じたと考えられていました。

 ヨーロッパ以外でも象徴的な形は数多く残されていますが、洞窟に描くことはないと。

 今回明らかになったのは、この現象が至る所で起こっていたということです。

◆インドネシアの洞窟に描いた人々は誰ですか?

 およそ6万年前にアフリカから移住した人類の祖先と考えます。一部は、アラビア半島南部を海岸沿いのルートで東南アジアへ移動し、やがてインドネシアやオーストラリアに移り住みました。彼らは狩猟採集民で、石器を使っていたようです。

 その後、別のグループがアフリカからヨーロッパへ移動します。彼らの間にどのような関連があったのかは、わかりません。

◆どうして洞窟に壁画を?

 人類の祖先はアフリカを離れると、それまでとは異なる環境や社会的状況、難問に直面しました。生き残るため、より大きな集団で生活しなければなりませんでした。それが、より強い社会を築く必要性に繋がったのでしょう。儀式や象徴を表す手段として、洞窟壁画が生まれたと考えます。

◆石器時代の文化がヨーロッパからインドネシアに伝播したという考えは正しいのでは?

 そうでもありません。明らかに手形のステンシルは人類にとって普遍的な習慣です。現代の子供たちも手形を作るのが大好きですし、世界中の洞窟であらゆる年代の手形が見つかっています。最近の事例として、アルゼンチンで9000年前の手形が見つかっています。

 洞窟に壁画を施すことは、普遍的な行為と言えるかもしれません。事実、スラウェシ島とヨーロッパの壁画には多くの共通点があります。

◆新たな場所で洞窟壁画が発見される可能性は?

 これまで発見された洞窟に挟まれた地域を探す必要があります。多くの証拠が海面下に消えた可能性はありますが、内陸部で様々な遺物が見つかっています。

Photograph by Stephen Alvarez / National Geographic Creative

文=Dan Vergano