エイズ拡大のきっかけは交通網の整備

2014.10.07
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
遺伝子解析の結果、HIVはまずコンゴ民主共和国の首都キンシャサに根付いたことがわかった。写真はエイズが流行し始めた1995年に撮影されたキンシャサの診療所。

Photograph by Stuart Franklin / Magnum
 後天性免疫不全症候群(エイズ)の原因であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の歴史に関する新たな研究結果が、「Science」誌に10月2日付で発表された。それによれば、20世紀半ばのアフリカ、中でもコンゴ民主共和国(旧ザイール)の首都キンシャサの現代化が大きな役割を果たし、地球規模のまん延を引き起こしたという。 オックスフォード大学の進化生物学者で、感染症を専門とするオリバー・パイバス(Oliver Pybus)氏は、「HIVがほかの種から人に感染した経緯についてはとても詳しく研究されている」と前置きした上で、「問題は、なぜ1つのウイルス株だけが世界的に流行し、ほかの株は局地的な流行にとどまったかだ」と説明する。

 パイバス氏らはこの謎を解明するため、中央アフリカで過去30年間に集められた814人分のHIVゲノムを解析した。DNAの全遺伝情報を比較して進化の系統樹を作成し、HIVがまん延する前のおぼろげな歴史をさかのぼってみた。

 その結果、当時ザイールの首都だったキンシャサの街がHIVの爆心地として重要な役割を果たしていたことがわかった。

 HIVが20世紀の初頭に人に感染したことは周知の事実だ。中央アフリカの狩猟者たちがHIVに感染したチンパンジーなどの霊長類を食べたことが原因ではないかと考えられている。こうした感染が何度も起こり、HIV-1、HIV-2などと呼ばれるさまざまなタイプのウイルスが現地の人々に広がった。

 HIV-1はさらにM、Oといったグループに分かれる。世界に分布しているHIVの90%がグループMで、通常、HIVといえばグループMを指す。グループOやHIV-2の感染も見られるが、中央アフリカと西アフリカに集中している。

 パイバス氏は、“アクセルを踏んだ”のはグループMのようだと話す。

 814人分のHIVゲノムは出どころがわかっていたため、パイバス氏らはHIVの地理的、進化的な経路をさかのぼることができた。そして、20世紀半ば、1960年ごろの極めて重要な分岐点を突き止めた。もともとグループOとMは同じように拡大していたが、その地点を境にグループMが爆発的に流行した。

 間もなく感染者数は3倍に増加し、その範囲も広大なコンゴ盆地を出た。パイバス氏らによれば、流行の土台となったのは、当時のザイールで急速に整備されていた植民地の交通システムだという。

 ザイールの都市を結ぶ道路や水路、鉄道を利用していたのは何百万もの賃金労働者だ。その大部分が男性だったため、性産業が繁栄した。グループMウイルスも交通システムを利用し、商業の中心地であるキンシャサからコンゴ川河口の港、コンゴ盆地の都市へと拡大した。

 ウイルスが国境を越えるのは時間の問題だった。1960年代前半にはハイチの労働者が帰国する際にウイルスを持ち帰ったと推測される。

Photograph by Stuart Franklin / Magnum

文=Brandon Keim

  • このエントリーをはてなブックマークに追加