ギリシャの墳墓、眠るのは大王の親族?

2014.09.11
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ギリシャ北部にある大規模墳墓から出土した女性の彫像。大理石でできた像は一対になっており、写真はその片方。

Photograph by Culture Ministry via AP
 ギリシャ北部で発見された巨大な大理石の墓が考古学ファンの注目を集めている。 紀元前325~300年頃、アレクサンドロス大王死後の混乱期に造られたカスタ墳墓は、古代ギリシャの都市アンフィポリス(現在のアンフィポリ)の港近くにある。そこはかつてアレクサンドロス大王がアジアに侵攻した際の海軍基地であった。

 2年におよぶ発掘作業の末、考古学者らはようやく墳墓内部の調査を開始した。

 そして先週末、ギリシャの考古学者カテリーナ・ぺリステリ(Katerina Peristeri)氏率いる発掘チームは、2つの優美なカスティアード(女像柱)の発見を報告した。巨大な大理石の柱に刻まれた像の腕は横に伸び、侵入者が主室に入るのを妨げたと考えられる。

「このようなものは見たことがない」と語るのは、アイオワ州デコーラにあるルーサー短期大学で古典を教えるフィリップ・フリーマン(Philip Freeman)氏だ。

 縮れ毛の女像柱は、古墓に施された素晴らしい装飾の一部にすぎない。墓の入り口を護っていたのは、ライオンの体と人間の頭を持つ神話上の怪物スフィンクスの石像であった。考古学者らが控えの間に到達すると、そこには色あせたフレスコ画や赤い背景に白い大理石の破片が埋め込まれたモザイクの床が広がっていた。

 ミズーリ大学コロンビア校の古典学者で、アレクサンドロス大王に関する本の著者イアン・ワーシントン(Ian Worthington)氏は、「精巧に造られた床は富の象徴だ。アレクサンドロス大王が生まれたペラの宮殿にも、複数の贅沢なモザイクが施されていた」と語る。

◆富の象徴

 一体誰が埋葬されたのか? ぺリステリ氏のチームはまだ墓の内部に到達していないため、推測するしかない。アレクサンドロス大王ではないかという噂もあるが、多くの学者は違うとみている。

 アレクサンドロス大王は、紀元前323年にマラリアか腸チフスに感染し、バビロンで死去した。その後王の遺体はハチミツに浸され、現在のギリシャ北部、マケドニアに移送される。

 ワーシントン氏によると、移送途中、遺体は側近の一人に強奪されエジプトのどこかに埋葬された。したがって母親のオリュンピアス、妃のロクサネ、あるいは息子のアレクサンドロス4世ではないかと同氏は考えている。

 王の死後、重臣らによって帝国は分断された。その1人、カッサンドロスはマケドニアでの覇権をゆるぎないものにするため、王の近親者3人を処刑している。裕福なアレクサンドロスの家来が、自分たちのためにアンフィポリスに贅沢な墓を造った可能性も大いにある。

「巨大な墓であり、名声のある裕福な人物のために造られたと推測している」と、バンクーバーにあるブリティッシュコロンビア大学の考古学者ヘクター・ウィリアムズ(Hector Williams)氏は話している。

Photograph by Culture Ministry via AP

文=Heather Pringle

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