イラク、聖地を追われるヤジディ教徒

2014.09.04
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ラリッシュにある神殿へ向かうヤジディ教の女性たち。「我々の地は祝福されている。聖なる地だ。預言者たちがここを歩いた」と、あるヤジディ教の男性は語る。

Photograph by Farhad Babaei/laif/Redux
 ヤジディ教徒にとって、イラク北部クルド山岳地帯にある町ラリッシュは、イスラム教にとってのメッカ、あるいは3大一神教であるイスラム教、キリスト教、ユダヤ教にとってのエルサレムのような存在だ。そこはいにしえより続くクルド少数民族の信仰にとって、最も神聖なる地である。 今年8月上旬、イスラム国(Islamic State: IS)の武装集団はヤジディ教徒が大多数を占めるイラク北西の町シンジャルとその周辺地域へ激しい攻撃を仕掛け、そこに住んでいたヤジディ教徒たちは各地へ散らされ避難生活を余儀なくされている。

 国連は、避難した教徒の正確な数を把握していない。報道官によると、国連ではイラク全体をひとつの国として扱い、国内の様々な宗教集団を区別していないためであるという。しかし、避難しているヤジディ教徒らの話を聞くと、村全体が丸ごと追われ、空っぽになってしまったのは明らかだ。

 事態を重く見たアメリカのオバマ政権は、山岳地帯に点在するISの拠点に空爆を実施し、合わせて人道的危機を防ぐため、イラク軍およびアメリカ空軍を派遣して食料と水を空中投下するよう指示した。

 山に居住していたヤジディ教徒のほとんどは現在、ドホークなどのクルディスタン地域の行政区域で急場しのぎに作られた難民キャンプに滞在している。また、約450世帯がラリッシュに身を寄せている。

 村全体が丸ごと避難し、住民たちはいつになったら安全に帰宅できるのか、そもそもそんな日がやって来るのだろうかと不安をあらわにする。中には、聖地としてあがめていた場所との関係を断ち切って移住を考えている人々もいる。その一方で、自分たちの神殿を守るために踏みとどまる決意を固めている者たちもいる。

◆信仰の中心地

 ラリッシュは、緩やかに波打つ丘陵地帯に取り囲まれた緑豊かな谷の奥深くに隠され、今のところは安全である。ほとんど目立たないので、そばを通る主要道路からは簡単に見逃してしまいそうだ。

 しかしここに点在する宗教的神殿の数々が、少なくとも6700年の歴史を持つと言われるヤジディ教徒たちの最大の懸念対象となっている。

 イスラム教徒がメッカへ巡礼するように、ヤジディ教徒もできるなら一生に少なくとも一度はラリッシュへ巡礼することが求められている。イラクに住んでいれば、少なくとも年に一度は巡礼しなければならない。

 ヤジディ教へ対する迫害は今に始まったことではない。彼らによると、長い歴史の中で少なくとも72回はそのような迫害を経験しており、今回で73回目となる。信者の数は、100万とも70万とも、あるいは30万人とも見積もられている。ドイツには、ヤジディ教徒の住む大きなコミュニティがあり、そのほか北アメリカ、トルコ、シリアなどにも在住している。しかし、ほとんどのヤジディ教徒はラリッシュを中心とするイラク北部に居住している。

◆厳しい信仰体系

 ヤジディ教は誰でも受け入れる宗教ではない。改宗を禁じ、輪廻転生を信じ、厳しいカースト制度を守っている。これは、ヤジディ教のルーツが数千年前のインドにも関わりがあったことの名残である。ヤジディ教徒以外との結婚や、カーストを超えた結婚も認められていない。

 ゾロアスター教とメソポタミアの伝統儀式が入り混じり、キリスト教、ユダヤ教、スーフィー教(イスラム教神秘主義)の影響を受け、その信仰の中心にはターウース・マラクを頂点とする7人の大天使が存在する。ターウース・マラクはまたの名を孔雀天使、もう少し聞こえが悪い名前でシャイターン(悪魔)とも呼ばれている。

 しかし、悪魔を堕天使であるとみなす3大一神教とは違い、ヤジディ教では悪魔は罪を赦され、その大量に流された悔恨の涙が地獄の火をかき消してしまったと信じられている。

 そしてイスラム教徒がメッカに向かって祈るように、ヤジディ教徒は太陽に向かって祈りを捧げる。

 これらのことから、ISをはじめ他の宗教は、ヤジディ教を悪魔崇拝、太陽崇拝の背教者とみなしている。

◆土地に強く根ざした信仰

 ヤジディ教の深遠な信仰は土地に複雑に根ざしているため、その土地を集団で追われるということは、単に自分の家を失う以上に深い痛みを伴うものである。避難生活によって、彼らの信仰を支えてきたいにしえの生活習慣や伝統が姿を消してしまう可能性がある。

 例えば、信者が洗礼を受けるには必ず、たとえ外国に居住していたとしても、2つの聖なる泉のどちらかへやってこなければならない。

 その泉から汲んだ水は、ラリッシュから採れる土と混ぜ合わせて泥団子を作り、結婚式や葬式などの儀式で欠かせない重要な祭事品として用いられる。葬式では、この泥が死者の目、耳、口に塗布される。

 他にも、春に行われる新年の祝いなど、主に祭事にまつわる多くの儀式が、ラリッシュとその周辺の土地に深く関係している。

 52歳のヤジディ教徒ハディ・ババ・シェイク(Hadi Baba Sheikh)氏は、「今の子どもたちの世代は、ヤジディ教にはとどまらないだろう」と言う。「ヤジディが別の場所へ移り住めば、ヤジディではなくなってしまう。我々にとって、土地とは神の一部なのだ。そして、私もこの土地の一部だ。この土地は祝福されている。ここを失っては、ヤジディであり続けることはできない」。

Photograph by Farhad Babaei/laif/Redux

文=Rania Abouzeid

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