DNA分析で北極古代人の研究に進展

2014.08.29
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北極圏で暮らす現代のイヌイットをはじめとするアメリカ先住民たちは、同地域の最初の移民とは遺伝的に異なり、交流もほとんどなかった事実が新たな研究より明らかになっている。

Photograph by Carsten Egevang
 新たな遺伝子分析の結果、北米の北極圏に最初に渡ってきた人々は、今から約700年前に消滅するまでの数千年もの間、周辺の他の集団と関わることなく生活していたことが明らかになった。8月28日にオンラインで発表された本研究では、北極圏に住む現代のイヌイットなどのアメリカ先住民たちが、同地域の最初の移民と遺伝的に異なる事実も示されている。 カナダ北極圏で暮らすイヌイットの猟師の間では、かつてはるか北方に住んでいた神秘的な古代人チューニット(Tunit)の話が語り継がれている。彼らによると、強力な魔術を操るチューニットの男たちは、氷上のセイウチの首を叩き潰して巨大な死骸を一人で家まで運べるほど屈強であったという。一方で、周囲との交流を避ける寡黙な集団であったとも言われている。

 多くの研究者は、単なる作り話であるとして気に留めなかったが、新たな遺伝子研究より、一部が実際の出来事に基づいている可能性が示唆されている。

 8月29日に「Science」誌に発表された論文では、約4000年間、周囲との交流を絶って暮らしていたカナダ北極圏の初期の居住者パレオ・エスキモー(Paleo-Eskimo)と、南方に住むアメリカ先住民や現代のイヌイットの祖先との間に血のつながりがないことを初めて示している。研究を主導したのはデンマーク、コペンハーゲン大学の進化遺伝学者エシュケ・ウィラースレフ(Eske Willerslev)氏と分子生物学者マーナサ・ラガワン(Maanasa Raghavan)氏らだ。

 また、従来から不明だった移住の過程についても、1つの可能性が示唆されている。少なくとも15500年前には最初の集団がシベリアからベーリング海峡を横断してアメリカ大陸に足を踏み入れ、アジアからの2つの小規模な狩猟採集民が後に続いたことは他の研究から既に分かっていた。今回の新しい研究では、パレオ・エスキモーが、この流れとは別に約5000年前に北極圏に渡ったことが示されている。

◆女性は1人だけ?

 さらに、サンプル中のさまざまな母系遺伝のDNAを分析したところ、パレオ・エスキモーには女性がほとんどいなかった事実が判明。初期の移民に関して言えば、危険な旅に同行した女性は1人だった可能性があるという。「これほど多様性が低い集団は初めてだ」とウィラースレフ氏は語る。

◆埋葬習慣により問題が浮上

 研究に必要な古代人のDNAを十分な量だけ抽出するのは非常に困難な作業だった。チームは、シベリア北極圏、アラスカ、カナダ、グリーンランドから、古代人の骨や歯、髪のサンプルを採取。どれも保存状態が悪く、169体分のサンプルを必要とした。

 その原因は当時の北極圏における埋葬習慣にある、とチームは考えている。永久凍土層は岩のように硬く、多くの集団は、深い穴に遺体を埋める代わりに地面を浅く掘って寝かせる方法を選んだのだ。その結果、遺体は凍結と融解を繰り返し、古代人のDNAが損傷、破壊されてしまったのである。

 保存状態の問題により、ゲノム全体のデータが取得できたのはわずか26体のみ。また、塩基配列を読めた割合も最大で全体のわずか30%、ほとんどのサンプルが10%程度だった。

◆今なお謎の多い文化

 今回の研究結果から、謎の存在だったパレオ・エスキモーへの関心がさらに高まるのは間違いない。多くの専門家は、この集団の狩猟方法の変化に頭を悩ませている。彼らはアジアから持ってきた技術的に高度な弓矢を捨て、危険な獲物にかなり近距離まで接近しなければならない大きくて重い尖頭(せんとう)器を選んだのである。

 そして時間の経過とともに、パレオ・エスキモーは、ドーセット文化として知られるほとんどカルト的なライフスタイルを確立した。紀元前800年頃から1300年頃まで続き、シカの枝角やセイウチの牙から彫った人間や動物の立像に見られるような、伝統的なシャーマンアートが誕生している。

「非常に風変わりで保守的な集団だったようだ」とスミソニアン研究所の人類学者ウィリアム・フィッチュー(William Fitzhug)氏は述べる。しかし、その強い霊的信仰が孤立につながったのかもしれないと同氏は続ける。ドーセット文化では、信仰生活の純度と安定性を確保するために、他の集団との婚姻が認められていなかった可能性があるという。

 今から1000年前に犬ぞりや大きな獣皮ボート、高度な弓矢類とともにカナダ北極圏に渡ってきた現代のイヌイットの祖先も、同様にドーセット文化に困惑したとみられる。その約300年後、おそらくはバイキングが新世界に持ち込んだ致死的な病気が原因でドーセット文化が北極圏から消滅したとき、イヌイットの語り手たちはチューニットの物語にその思い出を託そうとしたのだろう。

Photograph by Carsten Egevang

文=Heather Pringle

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