トッケイヤモリ足裏の近接写真。指の部分が複雑な構造になっているのが分かる。

Photograph by Keller Autumn
 自然界にはクライミングの名手がたくさんいるが、ヤモリより見事なものはおそらくいないだろう。 小さな爬虫類であるヤモリの多くは、吸着性のある足指でスパイダーマンのように切り立った壁をはい上がったり、天井からぶら下がったり、ガラスのようにツルツルした表面をしっかりつかむことができることが知られている。

 ヤモリが持つ最高性能の吸着性はあまりにも見事なので、科学者たちはこれを模倣してテープや接着剤など人間が使う用途へ実用化しようと、10年以上熱心に研究を続けてきた。

 今回新たに発表された研究で、ヤモリがくっついたり離れたりできる複雑な仕組みの一部が解明された。

 科学者たちはモデルを使って、東南アジア原産種であるトッケイヤモリが足指の毛の角度を変えることで吸着力を強めたり弱めたりできることを示した。

◆自然の幾何学

 他の生物では分泌液やツメなどの方式で表面に接着するが、ヤモリは“乾燥接着(dry adhesion)”という複雑なシステムを使っている。

 これは、ファンデルワールス力として知られる現象によるものだ。ある原子中の電子が磁場を生み出し、この刺激によって隣接する原子中の電子が引き付けられるとき、この力が発生する。

「ファンデルワールス力は、原子間に働く力で最も弱い種類のものだ」と話すのは、研究の共著者でオレゴン州立大学の機械工学教授P・アレックス・グレイニー(P. Alex Greany)氏だ。「ヤモリがこの本当に弱い力を利用できるというのは驚くべきことだ」。

 ヤモリの足指には非常に多くの微小な剛毛(seta)が生えており、さらに剛毛は枝分かれして無数の小さなヘラ状構造(spatula)の接着点になっている。この驚異的な生体構造を利用して、上述の力が生み出される。

 ヘラ状構造によって接着面積を最大化し、体重の負荷を分散させ、自身と接着面との間に働く引力を指数関数的に増加させることができるのだとグレイニー氏は説明する。

◆離れるしくみ

 しかしヤモリが一歩進みたいときには、どうやって接着面から離れるのだろうか? グレイニー氏らの研究チームは、その鍵が足指に生えた微毛の角度にあることを発見した。

 研究チームは数理モデルを使って、ヤモリが単純に剛毛の角度を変化させることで簡単に接着面から離れることができるという予測を出した。

 また剛毛はただ斜めになっているのではなく、カーブを描いている。この構造によってヤモリは膨大な量のエネルギーを蓄え、非常に素早く方向を変えることができるのだとグレイニー氏は語っている。

「驚くべきは、このシステム全体がいかに精巧にバランスを保たれ調整されているかだ」とグレイニー氏は付け加える。「あるレベルでこのシステムを理解し、さらに深く知るにつれ、物体の間で働く非常に微妙な相互作用があることが分かってきた」。

◆ヤモリ・テクノロジー

 今回の研究は、ロボットのグリッパーや足に使う繰り返し使用可能な接着剤の開発に取り組んでいる科学者たちが、壁を登ったり物をつかんだりできるロボットを考える際の参考になるだろう。

 オレゴン州にあるルイス&クラーク大学の生体工学教授ケラー・オータム(Kellar Autumn)氏も、ヤモリに着想を得たテクノロジーの応用範囲が、極限環境や被災区域に適したロボットのような先進的なものから、未来の結合させる携帯電話などの日常的なものにまで及ぶということに同意している。

 今回の研究は8月12日、「Journal of Applied Physics」誌で公表された。

Photograph by Keller Autumn

文=Stefan Sirucek