ワインの国フランスを揺るがした大事件

2014.08.05
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フランス、ブルゴーニュ地方ヴォーヌ・ロマネのブドウ畑を歩くオベール・ド・ヴィレーヌ氏。Photograph by Maximillian Potter

 犯罪を専門とするライター、マクシミリアン・ポッター氏はワイン産業を根底から揺るがす恐喝事件の調査のためにフランスに渡ったとき、シャルドネとシャブリの違いすらわからない状態だった。しかし、ブルゴーニュの中心にある小さな村で18カ月を過ごし、ワインについて学んだのはもちろん、それ以上のものを得た。ポッター氏はブルゴーニュの地とコミュニティーのおかげで、人間への信頼を取り戻すことができた。

 その恐喝事件を軸に、世界的なワインの銘醸地ブルゴーニュにおけるワイン造りの歴史と文化に迫った『Shadows in the Vineyard: The True Story of the Plot to Poison the World's Greatest Wine』を著したポッター氏に話を聞いた。

ーーフランスのワイン産業を揺るがした有名な恐喝事件について詳しく教えてください。

 2010年1月、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの共同経営者兼取締役オベール・ド・ヴィレーヌ氏のもとに1通の手紙が届きました。ブドウ畑の一部を破壊した。100万ユーロ(約1億3750万円)を支払わなければ、残りのブドウ畑も広範囲にわたって破壊する、という内容でした。

 すぐに警察が対応し、おとり捜査も行われました。ロマネ・コンティがブルゴーニュの中心にあるためです。ある政府関係者はロマネ・コンティを大聖堂と呼んでいました。

ーー前代未聞の事件だったため、かなり衝撃が大きかったのではないでしょうか?

 表向きはその通りです。しかし、実際には、ワインの産地ブルゴーニュに根付く文化の最も神聖な部分、ブドウの木と大地の融合が侵された事実の方が衝撃的でした。ブドウの木と大地の関係は不可侵なものであり、すべてです。ワイン生産者は何世紀にもわたって仲間を信頼し、人と自然の暗黙の結び付き、ブドウの木と大地の融合は決して侵されない、汚されないと信じてきました。ワインの世界ではさまざまな犯罪が起きています。しかし、大地に根を張るブドウの木を標的にする者はいませんでした。

ーー犯人はまさにブドウの木が大地と結合している場所にドリルで穴を開け、文字通りブドウの木を殺したのですね。

 その通りです。ブドウの木と大地の接点に穴を開けることで、ブルゴーニュの文化の心臓部に穴を開けたのです。しかも、毒を注ぎ込みました。私はオベールと初めて話したときのことを覚えています。ブルゴーニュについて何一つ知らなかったときのことです。私は次のように言いました。オベール、あなたは私に今話してくれた背景を理解し、その重要性を認識していますか、悪党どもはきっと理解していなかったでしょう。すると、オベールは私の目を見つめて眉を上げ、彼らは自分たちのしていることをはっきりわかっていた、と断言しました。

ーーブルゴーニュでの暮らしを経験し、あなたの人生観はどのように変わりましたか?

 この事件に出くわした当時、私はひどい世界にいました。20年近く犯罪を追い続けてきたのですから、人間などとても信じられません。ハッピーエンドはあまりなく、私は悪影響を受けていました。皮肉なことに、ブルゴーニュに引き寄せられたのも犯罪がきっかけです。

 しかし、ブルゴーニュに行き、この場所を見つけました。ここにはフランソワ・ミレーというワイン生産者がいます。ロマネ・コンティとともに被害に遭ったドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエの醸造責任者です。私は現地に入ってすぐ、ブドウの木が殺されたことについて質問しました。彼は低い声でささやくようにこう言いました。「激しい怒りを感じました。ブルゴーニュは悪と無縁の土地です。私たちには神から授かった詩のような美しい世界を全力で守り抜く責任があります」

 私はうなずきながら話を聞いていました。そして、この男は信じられると思いました。私は人生のあの時点で、あのような信念を持つ人物の話を聞く必要があったのです。彼らにとって、その年のワインは再生や再出発を意味し、思い出したくない物事を忘れ、過去を水に流してくれるものです。感傷的に聞こえるかもしれませんが、それだけ素晴らしい価値があるのです。世界にこのような場所が存在すると知ることができて幸せですし、そこで時間を過ごしたことはとても幸運だったと思います。この経験は私を大きく変えました。

文=Simon Worrall

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