不法移民急増の影に米国内の犯罪組織

2014.07.25
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ホンジュラスから逃れてきた母子が、アメリカの税関・国境警備局の車に収容される。一行はテキサス州マッカレン付近でリオ・グランデ川を渡ったところだった。ホンジュラスでは犯罪集団による暴力が蔓延しており、これがアメリカ・メキシコ国境に移民が押し寄せる大きな要因となっている。

PHOTOGRAPH BY RODOLFO GONZALEZ. AUSTIN AMERICAN-STATESMAN VIA AP
 中米のホンジュラスやエルサルバドルで、麻薬を扱う犯罪集団の暴力がエスカレートし、若者たちは集団に入るか、命を危険にさらすかの二択に追い込まれている。これにより、中米からアメリカ国境に押し寄せる不法移民の数が急増し、その多くが今も不法滞在者収容所に身柄を拘束されている。 2014年1月以降、こうした不法移民の数は5万7000人以上に達し、その多くは単身で北を目指した未成年者だ。米国時間7月22日にピュー研究所が発表した数字によると、2014年に入り、アメリカ・メキシコ国境で拘束された、保護者を伴わない12歳未満の子どもの数は前年比で117%も増加している。

 犯罪組織による暴力だけでなく、貧困や失業、さらには干ばつといった中米諸国が抱える問題の拡大が、こうした移民の急増を招いている。また、移民の多くは、国境さえ越えてしまえばアメリカの移民法改定により、今後は国内滞在が許されるようになると考えており、これも要因の1つになっている。

 しかし、国境に押し寄せる移民の急増をあおる、中米諸国の暴力の中でも、ほぼ見過ごされている側面が1つある。そのルーツが、ロサンゼルスの犯罪集団にあるという点だ。中米諸国の大部分を不安定な状態に陥れているこうした犯罪集団の多くは、実はアメリカ生まれなのだ。

 中米の犯罪集団による暴力の系譜は、1980年代にさかのぼる。この時期にはエルサルバドルやニカラグアで内戦が発生し、これを避けようと多くの人々が北に向かった。専門家によると、こうした移民の一部はロサンゼルスを縄張りとする犯罪集団に活路を見いだし、その多くはアメリカから強制送還されたものの、今度は戻った母国で薬物絡みの暴力行為を扇動するようになったという。

 犯罪集団による暴力がさらなる移民の波を生み、子どもが多くを占めるこうした人々が、アメリカ国境に到達している。この危機的状況に、アメリカではホワイトハウスと議会に対し、一刻も早く手を打つようにとの声があがっている。南西部の国境沿いに設けられた不法滞在者収容所は、押し寄せる不法移民の子どもたちで満員の状態だ。

◆強制送還された犯罪集団のメンバー

 現在の国境における危機的状況は、1980年代にエルサルバドルとニカラグアで発生した内戦の置き土産という部分もある。

 当時、内戦の母国を逃れた多くのエルサルバドルおよびニカラグア人は、ロサンゼルスに居を構えた。この街の親戚を頼る者もいたほか、ラテンアメリカ系住民の文化があったことも、居心地が良い要素となった。しかし移民の到来は、ロサンゼルスの若者文化に新たな緊張を呼ぶことになったと、歴史研究者やギャング問題の専門家は指摘する。ロサンゼルスで既に組織されていたメキシコ系やアフリカ系アメリカ人の犯罪集団が、新参者の中米出身者を標的にしたのだという。

 中米からの移民も、自衛のため、マラ・サラバトルチャ(Mara Salvatrucha)と呼ばれる独自の犯罪集団を構成してこれに対抗した。マラ・サラバトルチャは成長を遂げ、刑務所内やロサンゼルスの街角、メリーランド州やノースカロライナ州などの一部地域で勢力を拡大する。

 1990年代に入ると、連邦検察が犯罪歴を持つ移民の大規模な強制送還を開始し、マラ・サルバトルチャは大きな打撃を受けた。犯罪集団の構成員は新たな取り締まりの標的となり、ホンジュラスなどの母国へ送還された。中米に戻ると、犯罪集団間の抗争で腕を磨いていた若者たちは、ロサンゼルスや他のアメリカの都市で慣れ親しんできた犯罪組織を、母国で再び構築し始める。

 一方、マラ・サルバトルチャは2つの派閥に分かれる。そのうちの1つ、MS13(13はMがアルファベットで13番目の文字であることにちなんだ数字)は、もう片方のMS18(ロサンゼルスでは18番街ギャングとして知られた)と血みどろの抗争を繰り広げた。両派の対立関係は母国の中米諸国に飛び火し、抗争はさらに激化した。

 エルサルバドル政府も、一時は両派の間を取り持ち、休戦の仲介を模索したが、この試みも2012年には頓挫する。両派の抗争がエスカレートする中で、ホンジュラスおよびエルサルバドルの一部の街は、世界で最も殺人事件の多い都市になり、状態は今でも改善していない。

◆麻薬カルテルとのつながり

 2000年代に入るとメキシコ麻薬戦争が勃発し、中米の犯罪組織による暴力をさらに悪化させた。これも現在の危機の下地となっている。

 アメリカ軍で麻薬取引の取り締まりを専門とする南部統合機動部隊(Joint Interagency Task Force South:JITFS)がまとめた数字によると、かつてはベネズエラやコロンビアからメキシコに送られるケースが大半だった麻薬の流れは、2005年から2007年にかけて、それまでのカリブ海から中米諸国、中でもホンジュラスに移行したという。ホンジュラスは麻薬規制法が緩く、汚職も蔓延している上、輸送に便利な場所にあることもあり、不正取引に手を染める者にとっては格好の中継地点となった。

 メキシコの2大麻薬組織、シナロア・カルテル(Cartel de Sinaloa)とロス・セタス(Los Zetas:傭兵部隊の兵士が犯罪組織に転じ、麻薬取引に手を染めた集団)も、ホンジュラスを中継地点として使い始めた。

◆「短く、暴力にまみれた」人生を送る中米の若者たち

 中米からアメリカへの大規模な不法移民の流入にはさまざまな要因がある。しかしホンジュラスにおける1つの要素として、思春期に達するやいなや、どの組織に属するか立場を示すよう迫られるという、若者たちの過酷な状況が挙げられる。麻薬カルテルは地元で犯罪集団からの支持を必要としており、犯罪集団は抗争に参加する駒を揃えなければならない。

 若者を抱える家族には、巨大な重圧がのしかかる。ホンジュラスの首都テグシガルパのカトリック救援隊に所属するフアン・シーハン(Juan Sheehan)氏はこう指摘する。「こうした子どもたちは、一度犯罪組織に入ってしまったら、短く、暴力にまみれた人生が待っていることをわかっている。そこで若者も抵抗するのだが、犯罪組織の側はこれを危険な兆候とみなし、こうした若者を抹殺する」。

 あるホンジュラス人青年の例では、犯罪集団からの勧誘の手を逃れるために、軍隊に志願したという。この青年の弟は15歳になったが、犯罪集団から守る手だては両親にも見当がつかない。北にあるアメリカを目指すことが、最善の手になる可能性もある。

PHOTOGRAPH BY RODOLFO GONZALEZ. AUSTIN AMERICAN-STATESMAN VIA AP

文=Scott Johnson

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