マッコウクジラ(写真)やシロナガスクジラ、セミクジラ、コククジラなど、大型のクジラの個体数回復が、漁業資源の増加に貢献している可能性があることがわかった。

PHOTOGRAPH BY STEPHEN FRINK / CORBIS
 海の生態系において、巨大クジラがこれまで科学者や漁業関係者が思っていた以上の役割を果たしていることが、新たな論文により明らかになった。 健全な海の生態系を維持する上で、大型のクジラが果たしている役割が、これまで科学者や漁業関係者が考えていた以上に大きいことを示す、新たな研究結果が発表された。網にかかった魚を食べてしまうとして、漁業従事者からは目の敵にされることもあるクジラだが、この研究ではこれは誤解だとしている。

 シロナガスクジラやマッコウクジラ、セミクジラ、コククジラなど、大型のクジラの個体数回復が、世界中で海洋環境の健全化と漁業資源の増加につながっている可能性があることが、新たな研究により明らかになった。

 今回の研究論文の主執筆者で、バーリントンにあるバーモント大学所属の生物学者ジョー・ローマン(Joe Roman)氏は、これまで大型クジラの果たす役割が過小評価されていた理由について、「海洋学の研究が始まった当時、人間の乱獲により大型のクジラは生態系からほぼ消え去っていた」点を指摘する。

 大型のクジラは1970年代まで、大規模な捕鯨の対象となっていた。当時は、海洋に生息する大型クジラの66~90%が捕鯨により失われていたと推定される。

 しかしそれ以降、大型クジラは徐々に復活を遂げている。現在、マッコウクジラの個体数は100万頭、コククジラは数万頭に達している。

 しかし、地球上で生息が確認されているものとしては史上最大の生物であるシロナガスクジラについては、個体数回復のペースは遅い。実際、現在の個体数は、南半球におけるもともとの生息数の約1%にとどまっている。こうしたシロナガスクジラの不在により生態系が変化し、同じ海域に住む他のすべて生物も生き延びるのが難しくなっていると考えられると、ローマン氏は指摘する。

 同氏によれば、近年、クジラの個体数増加と技術の進歩が相まって、クジラ類の果たす役割の重要性に関しても、理解が深まっているという。技術の進歩は、特に海洋を回遊する動物に発信器を付け、その生態を追う技術において顕著だ。

◆ポンプやコンベヤーベルトの役割を果たすクジラ

 これまでの研究では、クジラは多くの場合、深海まで潜ってエサを採り、呼吸のために海面に戻ってくるが、これにより海水が縦方向にかき混ぜられることがわかっている。こうして海洋の異なる層をまたがって栄養成分や微生物が広がり、クジラ以外の生物にとっても格好のエサ場が形成される。さらに、クジラの尿や排泄物に含まれている物質、特に鉄分や窒素は、プランクトンの増殖に貢献する養分となる。

 多くの大型クジラは繁殖のために長距離を移動するが、この際に上記のようなさまざまな栄養成分を運んでくる。また、遠く離れた繁殖海域にもたらす養分は、栄養分に乏しいことが多いこうした海域では貴重な資源となる。さらにローマン氏によれば、クジラの胎盤も、他の生物にとっては食料源として活用できるという。同氏はクジラの回遊を、海洋の隅々に栄養成分をもたらす「コンベヤーベルト」に例えている。

 クジラは死後も他の生物の役に立つ。このような巨大な哺乳類が死ぬと、その遺体は海底に沈み、ヌタウナギやカニ類から海生の環形動物まで、独特の生態系を構成するさまざまなスカベンジャー(腐肉食動物)のエサとなる。こうしたスカベンジャーの中にはこうした場所以外では存在が確認されていないものも数十種あると、ローマン氏は指摘する。

「(人間が)あまりに多くのクジラを捕獲したため、これらの(スカベンジャーと呼ばれる)動物には、存在を確認される前に絶滅してしまった種もいたはずだ」とローマン氏は語る。同氏はさらに、こうしたスカベンジャーのうち、どれほどの数が絶滅に追い込まれたかを推定する、新たな研究に取り組んでいることも明らかにした。

 海洋生物学者のマッダレーナ・ベアルツィ(Maddalena Bearzi)氏は、今回の論文を「質が高く興味深い研究」と評価し、海洋の生態系に海生哺乳類が果たしている役割について、理解を深めるのに役立つ可能性があるとしている。ベアルツィ氏はカリフォルニア州に本拠を置く海洋保護協会(Ocean Conservation Society)の会長で、今回の研究には関与していない。

◆漁業とクジラ保護の対立

 一方で、漁業に従事する人たちの一部からは、クジラが網にかかった魚を食べてしまうとして、数十年にわたり不満の声が上がっていた。中でも日本政府は積極的で、「クジラが我が国の漁業の脅威」になっているため捕鯨は必要だとする、極端な主張を展開するに至っている。

 国際舞台で捕鯨に関する交渉に携わった人物の1人、小松正之氏は、2001年にオーストラリア放送協会(ABC)のインタビューでミンククジラの個体数は「多すぎる」と指摘し、これを「海のゴキブリ」と呼んだことで知られている。

 だが、ローマン氏はこの意見に異を唱える。

 同氏はクジラのポンプやコンベアーベルトとしての働きに触れ、「これははるかに複雑な話だ」と指摘する。「我々が新たに検証した複数の研究では、クジラのような大型捕食動物が存在するほうが、生態系における魚類の個体数が多くなることが明らかになっている」。

 ローマン氏によれば、次のステップは、これらのプロセスを検証するためにより多くの現地調査を行うことになるという。こうした調査は、プランクトンや他の生物がクジラの存在に反応する、正確なメカニズムを把握する一助になると期待できる。

 これまでの研究について検証を行った今回の論文は、「Frontiers in Ecology and the Environment」誌のオンライン版に7月3日付で掲載された。

PHOTOGRAPH BY STEPHEN FRINK / CORBIS

文=Brian Clark Howard