MERSワクチン、開発が進まない理由

2014.05.26
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サウジアラビア人が経営する農場でラクダとともに働くインドからの出稼ぎ労働者。サウジアラビア政府はMERSの拡大を防ぐため、ラクダに触れるときはマスクと手袋を着けるよう、国民と外国人に呼び掛けている。

PHOTOGRAPH BY FAYEZ NURELDINE. AFP/GETTY
 2年前、このウイルスには名前さえなかった。1年前、約50人が感染して半数が死亡した。現在、中東呼吸器症候群(MERS)は600人以上の感染が確認され、そのうち30%近くが亡くなっている。 アラビア半島で発生したMERSは、旅行者に運ばれて拡大。米国で2例が報告されているほか、北アフリカ、マレーシア、そしてヨーロッパの数カ国でも感染者が出ている。

 対策の緊急性をさらに高めているのは、毎年10月初めに行われるメッカ巡礼だ。100万を超す巡礼者が、MERS拡大の中心地であるジッダ市を経由してメッカに向かうのだ。

 天然痘、ポリオ、麻疹(はしか)といった他の危険な病気の場合には、ワクチンが防護壁となって感染拡大を阻んでいる。ならば、MERSを防ぐワクチンを人々に接種して、病気がこれ以上広がる前に一掃すればよいだけではないのだろうか?

 専門家によれば、例えば研究者を何十年も悩ませたHIV(ヒト免疫不全ウイルス)と違い、MERSワクチンの製造方法は実現可能なものだ。にもかかわらず、市場経済から見てもワクチン開発過程から見ても、実現は難しいという。

 ノバルティス・ワクチンズ社のウイルス学担当グローバルヘッド、フィリップ・ドーミツァー(Philip Dormitzer)氏によれば、ウイルスの表面にある攻撃可能な標的を見つけるのは、最近では比較的容易になっており、対策が困難と思われる要因はMERSウイルス自体にはないという。しかし、ワクチンの安全性と有効性の試験には優に6年はかかる。ニュージーランドで流行したB群髄膜炎菌ワクチンの場合と同様だ。しかも、その費用は5億ドルを超えるだろうとのことだ。

◆ワクチン開発の障害

 ほんの10年余り前、後にノバルティスに買収されたカイロン(Chiron)という企業が、SARS(急性呼吸器症候群)ワクチンの開発に着手した。SARSはMERS同様、コロナウイルスの一種だ。ドーミツァー氏によると、ワクチン候補となった物質は動物実験で効果を示したが、人を対象とした試験が可能になる前にSARSは終息してしまったという。

 学術機関の複数の研究者たちも、MERSワクチンの開発に今すぐ時間と資金を費やすのは合理的でないと口をそろえる。2012年に初めて確認されたこの疾患は、最近拡大してはいるものの、現時点では比較的落ち着いており、SARSほど感染力は強くないとみられる。また、あらゆる医薬品と同様、ワクチンにも必ず副作用がある。

 コロンビア大学メイルマン公衆衛生大学院、ジョン・スノウ冠教授で同大学院感染症・免疫学センターのディレクターを務めるW・イアン・リプキン(W. Ian Lipkin)氏は、「もし世界中の全ての人にワクチンを接種するとしたら、ある人がワクチンに対して副作用を起こす可能性は、MERSを発症する可能性よりも高いだろう」と話す。

◆予防の鍵はラクダ

 SARSのときにはウイルスを媒介する動物の駆除が制圧を早めたように、MERSのさらなる感染拡大を止めることが何より望まれるという点では誰もが一致している。

 リプキン氏は、最も有効なのがラクダだと期待する。MERSの予防ワクチンを人に接種するのではなく、感染拡大の鍵を握っているらしいラクダへの接種に焦点を移した方がよい。「宿主としてのラクダを根絶すれば、MERSを抑え込む合理的な一撃になるだろう」とリプキン氏。

 ラクダ用ワクチンの開発であれば、人間用ワクチンの開発よりも安く、早く、容易に実現するだろうし、人間の場合に比べて安全性の懸念も小さいとリプキン氏は話す。同氏は、ラクダへのワクチン接種は10月のメッカ巡礼(ハッジ)に間に合わせることも可能だと考えている。

PHOTOGRAPH BY FAYEZ NURELDINE. AFP/GETTY

文=Karen Weintraub

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