夢を見ている本人はもちろんだが、神経科学者たちにとっても明晰夢は心躍る現象だ。意識の研究の手段と考えられているからだ。しかし、自然に明晰夢を見ることのできない人に明晰夢を引き起こすことは難しく、研究が思うように進まなかった。だが今回、解決策となり得る新たな方法が「Nature Neuroscience」誌オンライン版に5月11日付けで掲載された。
ドイツ、フランクフルト大学の臨床心理学者で研究を率いたウルスラ・フォス(Ursula Voss)氏は、睡眠中の脳に弱い電気刺激を与えることで「夢の中での意識状態は極めて簡単に変化する」と話す。
◆睡眠中に脳を刺激
フォス氏の研究チームは、明晰夢の経験がない健康な若年成人27名を採用。被験者はそれぞれ数回にわたって研究室で夜を過ごした。人が夢を見るレム(急速眼球運動)睡眠の出現から2分後、被験者の前頭葉に微弱電流(2〜100ヘルツ)または電気を流さない疑似電流を30秒間与えた。
効果は、いわゆるガンマ周波数帯の40ヘルツで脳を刺激したときに現れた。被験者の脳波がそれに同調したのだ。起こされた被験者は77%の確率で明晰夢を見たと報告した。
ガンマ周波数帯の中でも低い25ヘルツで刺激すると58%の確率で明晰夢が起きた。一方、より低い周波数や疑似電流の場合には一度も起こらなかった。
40ヘルツの電流が明晰夢の鍵である可能性は、かねてからフォス氏自身が指摘していた。同氏らは2009年に行った研究で、明晰夢を見る訓練を受けた6名を調査。明晰夢が起きている間の前頭野から30〜40ヘルツの脳波が発生していることを明らかにしたのだ。典型的なレム睡眠に見られる周波数よりはるかに高い。
◆未来のガンマ波?
オランダ、ナイメーヘンにあるドンデルス脳認知行動研究所(Donders Institute for Brain, Cognition and Behavior)の神経科学者マーティン・ドレスラー(Martin Dresler)氏は今回の研究には関与していないが、「明晰夢を引き起こす周波数がここまで限定されていることに特に驚いている」と語る。
ガンマ周波数は覚醒時の意識と関連があるとの研究もあり、特に興味深いという。
また、モントリオール大学で夢と悪夢の研究を行うトーレ・ニールセン(Tore Nielsen)氏によると、今回の研究は心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの病気や悪夢の治療にも応用できるかもしれないという。例えば、悪夢が始まると同時にガンマ周波数の電流を流す。そうすれば夢であることを自覚し、状況を変化させることで恐怖を軽減できるかもしれない。同氏は「実現すれば素晴らしいことだ」と話した。
Photograph by Maggie Steber / National Geographic