ジブラルタル半島のゴーラム洞窟で発見されたネアンデルタール人の女性の人骨。生前は樹皮のトレーで煮炊きした食物を口にしていたかもしれない。

PHOTOGRAPH BY KENNETH GARRETT / NATIONAL GEOGRAPHIC
 従来、ネアンデルタール人は煮炊きができなかったと考えられていたが、これを覆す新説が登場した。先月行われたアメリカ考古学協会(SAA)の年次総会で、ミシガン大学の古生物学者ジョン・スペス(John Speth)氏が、ネアンデルタール人は煮炊きをしていた可能性が高いとの見解を発表した。 ネアンデルタール人は約3万年前までヨーロッパから中近東にかけて分布していた初期人類の一種。従来の通説では、現生人類(ホモ・サピエンス)が繁栄する一方で、ネアンデルタール人が絶滅に向かった要因のひとつは、煮炊きによって食物をやわらかくし、骨からも脂肪分を採れたかどうかであると考えられていた。

 しかし遺跡で見つかった骨や槍、食物の痕跡などから、スペス氏はネアンデルタール人も食物の煮炊きを行っていた可能性が高いと考えている。スペス氏の仮説では、ネアンデルタール人は革袋や樹皮のトレーといった道具だけで煮炊きを行っていたという。樹皮や皮革は燃えやすいが、それでもその発火点よりも低い温度で水が沸くことを巧みに利用したものだ。

「火からすぐに下ろすことさえ気をつければ、どんな容器でも煮沸は可能だ」とスペス氏は言う。スペス氏は発表の中で、紙コップで湯を沸かす動画を上映した(水があるうちは、紙が発火点に達することはない)。また、映画化もされたジーン・アウルの大河小説『エイラ 地上の旅人』シリーズ(邦訳:集英社)の一場面で、ネアンデルタール人が革袋を使ってシチューを作っていたことに触れ、「これは、頭でっかちの現代人の想像の産物ではなかった」と述べた。

◆ネアンデルタール人も火は使えた

 古生物学界では、ネアンデルタール人が火を使えたことは認めつつも、スペス氏の仮説には慎重な態度を取る者が多い。アリゾナ大学のメアリー・スタイナー(Mary Stiner)氏もその1人だ。

 ネアンデルタール人が「樹皮の容器や革袋で煮炊きするところまで進んでいたかどうかは判断が難しい。私は確信が持てずにいる」とスタイナー氏は言う。

 人類による火の使用は30万年以上前までさかのぼる。ヨーロッパにあるネアンデルタール人の遺跡からは炉の痕跡が見つかっている。

 しかし多くの研究によれば、石器時代には直火で熱した石を水に入れる方法で煮炊きが行われたと考えられており、しかもこの技術はネアンデルタール人の時代にはまだなかったとされている。初期の現生人類の暮らした洞窟から、煮炊きに使用したと見られる、ひびの入った石が見つかっているが、これは約2万6000年前のものだ。さらに、煮炊きに使われる土器が登場したのは、わずか2万年前のことである。

◆タールの採取は煮炊きより難しい

 だが、そもそも石も土器も使わずに煮炊きを行っていたとしたらどうだろう。そうしたわけでスペス氏は、樹皮のトレーによる煮炊きを主張している。

 考古学界ではすでに、ネアンデルタール人が20万年も前に、槍先の接着に樹木由来のタールを使用していたことが明らかになっている。樹木からタールを採るには、酸素に触れないよう容器に入れて加熱するという高度な技術が必要であると、カナダのマギル大学の古生物学者マイケル・ビッソン(Michael Bisson)氏は言う。ビッソン氏は「自分でやろうとして火傷したことがある」そうだ。もし加熱中にタールが酸素に触れてしまったら、爆発するのだという。

 ネアンデルタール人が煮炊きを行っていたことの傍証としてスペス氏が挙げているのは、遺跡から見つかった動物の骨のうち98%には、腐食動物の噛み跡が見られなかったという事実だ。このことは、調理によって脂肪分がきれいに取り除かれていたことを示しているとスペス氏は言う。

 また、2011年に「Proceedings of the National Academies of Science」誌に掲載された論文によると、イラクにある遺跡で見つかったネアンデルタール人の歯には穀物が残されていたが、それには調理された痕跡があるということだ。

 今回のSAAの年次総会では、スペス氏の発表とは別に、ミシガン大学の古生物学者アンドルー・ホワイト(Andrew White)氏が、ネアンデルタール人では現生人類の一般的な場合に比べて離乳の時期が早かったことを示す最近の発見を紹介している。母乳から食物への移行が早かったということは、食物を消化しやすいように煮炊きしていたことの裏づけになるとホワイト氏は言う。

 ところで、ネアンデルタール人が煮炊きをしていたかもしれないとスペス氏が最初に思いついたのは、リアリティ番組の「サバイバル~自然を生き抜く7日間」(原題:Survivorman)を見ていたときのことだという。番組ホストのレス・ストラウド(Les Stroud)氏は、アフリカ東部で濁った泥水しか手に入らなかったときに、ビニール袋に入れて煮沸し、飲める状態にしていた。

「テレビから学ぶものなどないと言う人もいるが、私は(これを見て)ビニール袋で水を沸騰させられるなら、ネアンデルタール人だって同じことを樹皮のトレーでやっていたかもしれないと思ったんだ」とスペス氏は話している。

PHOTOGRAPH BY KENNETH GARRETT / NATIONAL GEOGRAPHIC

文=Dan Vergano