コロンブスの町、崩壊の原因は壊血病か

2014.04.17
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「新世界」に上陸するクリストファー・コロンブスとその一行。彼は、現在のバハマにある島をサン・サルバドルと名付けた。

PHOTOGRAPH BY MPI, GETTY
 クリストファー・コロンブスの一行は2度目の航海で重度の壊血病を患い、「新世界」に初めて築かれたヨーロッパの入植地の崩壊を招いたという。 1492年、コロンブスは大西洋を渡り、ヨーロッパによる新世界征服の幕が開いた。翌年の2度目の航海で、1500人の入植者と共に現在のドミニカ共和国に入植地ラ・イサベラを築く。

 ラ・イサベラはヨーロッパ人が初めて定住した西半球の町だったが、病気と困窮のために4年足らずで遺棄されてしまう。

 町が終わりを迎えた原因は天然痘、インフルエンザ、マラリアなどの伝染病と長く考えられてきた。ところが、遺跡として残る墓地を調査した結果、当時の船乗りを苦しめていた壊血病、つまり重度のビタミンC欠乏症が入植者に蔓延し、崩壊を招いたと判明。

 研究に参加したメキシコ、ユカタン州立自治大学(Universidad Autonoma de Yucatan)の考古学者ベラ・ティースラー(Vera Tiesler)氏は、「文献を見る限り、当時の人々は例外なく熱病や疫病に悩まされていた」と話す。「特に壊血病の影響が大きい」。

 ラ・イサベラの教会跡では、小規模な墓地の調査が1980年代から断続的に行われ、主に船乗りや入植者の人骨が発掘されている。

◆骨は語る

 被葬者が結核や梅毒などの病気に感染していたら、骨格にその痕跡が残る。ティースラー氏らは、男性26人、女性1人分の骨を調査したところ、少なくとも20人に“重度の壊血病”の痕跡を確認した。例外なく体重を支える左右の骨に残っていたことから、骨髄炎など感染症の疑いは消える。

 オランダ、ライデン大学医療センターに所属する壊血病の専門家ジョージ・J・R・マート(George J. R. Maat)氏は、「自然治癒した壊血病の説得力のある証拠だ」と分析する。

◆食事の謎

 大航海時代特有の壊血病は、18世紀まで船乗りに恐れられた難病だ。ビタミンC不足を避けるためライム果汁を飲んでいたイギリスの水兵を、アメリカ人が“ライミー”と笑いものにしていたのは有名な話だ。体組織に障害を及ぼす重度のビタミンC欠乏症は、倦怠感や貧血、皮膚や粘膜の出血症状を引き起こす。深刻度を増すと、古傷が開く場合もある。完全なビタミン欠如に陥ってから1~3カ月で発症するという。

 研究論文によれば、入植者たちは出港前に1カ月間の海上待機を余儀なくされ、2カ月後の1494年に目的地に到着した時点では既に発症していた可能性が高いという。

 しかし到着後は、ビタミンCを豊富に含む新鮮な果物や野菜に不自由しなかったはずなのに、なぜ壊血病が進行したのだろうか?

『1493: Uncovering the New World Columbus Created(1493:コロンブスが創造した新世界の真実)』の著者チャールズ・マン(Charles Mann)氏は、「スペイン人たちは周囲の先住民を遠ざけ、入植地を完全に遮断していたのではないか」と推測している。

「カリブ海周辺には、ビタミンCたっぷりの食物がいくらでもある」とマン氏は話す。「グアバやサクランボなどの果物、先住民の主食のキャッサバやサツマイモ。すべて壊血病の予防に十分なビタミンCを含んでいる」。

「彼らはラ・イサベラの柵の内側で身を寄せ、現地の豊かな食を口にしなかったのだろう。これは致命的なミスだ」。

 当時、コロンブスはスペイン王に入植地への食料輸送を懇願しているが、飢餓を避けるためだったとも考えられる。しかしそのリストには、ビタミンCが豊富な食料は含まれていなかった。スペイン王はコロンブスの願いを聞き入れ、入植者たちは飢えずに済む食料を手にしている。

「問題は、コロンブス自身が食料より金探しに執着していたという事実だ」とティースラー氏は話す。「人々の手紙には故郷に帰りたいという思いがつづられている」。

 ラ・イサベラの街並みや使われていた道具、陶磁器はすべて、入植者たちが貫いていたヨーロッパの生活様式を示唆している。「おそらく食べ物の好みも同様だったのだろう」と論文は述べている。

 今回の研究結果は、「International Journal of Osteoarchaeology」誌のオンライン版に掲載されている。

PHOTOGRAPH BY MPI, GETTY

文=Dan Vergano

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