古代インカ帝国では、月食はヒョウが月を襲うことで起きるのだと信じられていた。人々はイヌを叩いて遠吠えさせるなど、大きな音を出してヒョウを追い払おうとしたという。

Photograph of illustration by Leonard de Selva / Corbis
 多くの文化において、月食は危機や混乱の時を意味してきた。悪魔の襲来、ペットの凶暴化、飢えたヒョウなど、世界では様々なものが月食中に月が姿を隠すことの原因とみなされてきた。 4月14日の夜から15日にかけ、南北アメリカ大陸およびハワイでは2年ぶりに皆既月食が観測された。

 今では、こうした天体イベントには多くの人が集まり賑わうが、月食は人々にとって常に楽しいイベントだったわけではない。

 ロサンゼルスのグリフィス天文台館長で『天と王とシャーマン』(三田出版会、1998年)などの著書があるE・C・クラップ(E. C. Krupp)氏によると、日食や月食は多くの古代文明において物事の秩序を脅かすものとみなされていたという。

◆月に吠える

「(古代インカでは)月食は不吉なことだった」と語るのは、カリフォルニア州ローレンス・リバモア国立研究所の研究員で、インカ文明の天文学に関する著作があるデイビッド・ディアボーン(David Dearborn)氏。新天地を求めてアメリカ大陸に渡ったスペイン人移住者の残した資料には、インカの人々の月食にまつわる習慣が記録されているという。

 収拾したインカの神話には、月を襲って食べるジャガーの物語があり、皆既月食時に月がしばしば赤銅色や血のように赤色に見えるのはジャガーの攻撃のためだと説明されている。

 人々は、ジャガーが月を攻撃した後に地上へもやって来ると恐れ、槍を空に向かって振り上げ、犬を叩いて遠吠えさせるなど、大きな音を立ててジャガーを追い払おうとしたという。

◆代理王

 クラップ氏によると、古代メソポタミアでは月食は7人の悪魔の仕業だと考えられた。

 メソポタミア文明では王がその地を代表する存在であり、人々は月食(および日食)を王への攻撃だと考えた。バビロニアでは既に、日食・月食の時期を計算する「サロス周期」が知られていたと考えられ、その時期の災厄から逃れるため、王の身代わりを用意した。

 王の身代わりには犠牲にしてもよい人間が選ばれた。身代わりは実際に王の任務につくわけではなかったが、食の期間中は丁寧な扱いを受け、その間本物の王は一般人を装った。月食が終わると、身代わりは大抵、行方不明となった。毒殺されたのかもしれない。

◆月を治療

 カリフォルニア北部の先住民、フーパ族は、月は20人の妻と多くのペットを持つと信じていた。ペットの多くはマウンテン・ライオンやヘビで、充分な餌が与えられないと月を攻撃して流血させた。月の妻達が来て流れた血を集め、月を元通りにすると月食が終わるとされた。

 南部のルイセーニョ族にとっては、月食は月が病気になったことを意味した。月が元気になるようにと歌を歌ったり祈りを捧げたりしたという。

◆現代の神話

 南アフリカ共和国、西ケープ大学の文化天文学者ジャリタ・ホルブルック(Jarita Holbrook)氏によると、すべての文化で月食が悪いものとみなされているわけではない。 「トーゴやベナンに住むバタマリバ族の神話では、日食または月食の間、太陽や月は戦っているのだとされ、人々はそれを止めようとする。日食や月食は、人々が集まり、古い確執を取り除き、怒りを鎮める期間だと現在も考えられている」。

Photograph of illustration by Leonard de Selva / Corbis

文=Nadia Drake