「イエスの妻による福音書」は本物か

2014.04.11
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問題のパピルス紙片は匿名の個人収集家が所有するもので、売渡証の日付は1999年となっている。

PHOTOGRAPH BY KAREN L. KING
 はたしてイエス・キリストに妻はいたのか? キリストの妻帯を示唆する1枚のパピルス紙片が論争の的となっている。この紙片の起源は紀元8世紀に遡るとされ、最近発表された一連の科学報告書は、初期のキリスト教信仰を知る上で手掛かりとなるものであると主張する。 問題のパピルス紙片とは、ハーバード大学の歴史学者カレン・キング(Karen King)氏が、2012年にローマで開催された国際コプト学会議において発表した「イエスの妻による福音書」だ。コプト語で綴られた小さな紙片には興味深い文が記されている。

 紙片の中央部分には、「イエスは彼らに言った。私の妻は……彼女は私の弟子になることができ……」と書かれている。キング氏は当初、紙片は4世紀のものであると見ていた。この過去からのメッセージは、キリスト教における女性の役割をめぐる長年の議論に再び火をつけただけでなく、ダン・ブラウン(Dan Brown)氏の有名なミステリー小説『ダ・ヴィンチ・コード』のテーマにもなった。

 宗教学者達の間にはキング氏の説に対する懐疑的な意見も多くあり、彼らは紙片が偽物である可能性が高いと見ている。しかし、「Harvard Theological Review」誌が発表した一連の報告書では、各分野の専門家達が紙片の化学組成と古代の手書き文について分析した調査結果が報告されている。報告書は、使われているのは古代のインクであり、パピルスの繊維は7~8世紀のものであると結論づけている。キング氏は、このパピルスがさらに古い時代の文書の写本の一部であるという説を提唱している。

 電話での説明でキング氏は、「全ての証拠が、紙片が古代のものであることを示している」と語った。「歴史学者として、次に来る疑問は、これは何を意味しているのかということだ」。

◆巧妙な偽造か?

 新たな研究結果は、キリストに妻がいたかどうかという歴史的事実とは全く無関係だ、とキング氏は言う。しかし、キリストの死後に書かれた他の福音書のパピルス文書との類似点は、キリスト教教会における女性の役割をめぐる長年の議論に影響を与えることになるだろう。

 今回の研究結果によってこのパピルス紙片が巧妙な偽造でないことが決定的に証明されたわけではないと、研究者達は釘を刺す。あくまでも、偽物であることの証拠が見つからなかったということで、それまであった反論が払拭されたにすぎない。

◆古代のパピルス

 長年の調査によって、エジプト各地で古代のパピルス文書が多数発見されている。問題の紙片は、縦4センチ横8センチという小さなもので、それらの文書の一部であった可能性が高いと見られている。しかし、パピルス紙片は匿名の個人収集家が所有するもので、売渡証の日付は1999年となっており、起源や著者はわかっていない。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)のジョセフ・アザレッリ(Joseph Azzarelli)氏率いる化学組成調査チームは、パピルス紙片の年代は、古代のものであることが立証されている「ヨハネによる福音書」のパピルス文書のものと一致すると結論づけた。調査チームはパピルス紙片の顕微分光測定を行い、空気に触れることで進む酸化の度合いが「ヨハネによる福音書」のパピルスに比べてごくわずかに低いことを特定した。

 また、コロンビア大学のジェームズ・ヤードレー(James Yardley)氏とアレクシス・ハーゲドルン(Alexis Hagadorn)氏は紙片のインク顔料の分析を行った。その結果、紙片のインクがほかの古代の文書で使用されている“ランプブラック”と呼ばれるインクによく似ていることが判明した。

 極めて重要なこととして、パピルス紙片で使用されているインクが近代のものであるという証拠は見つからなかった。もし文字が最近書かれたのであれば、インクが紙片の破損部分に貯留しているはずだという。また、文書の“妻”という言葉は、もともと“女”であったものを後になって書き換えたものであるという見方があるが、そのような形跡も一切見つからなかった。

 放射性炭素年代測定を行った結果、紙片は659~869年のものであることがわかった。

 コプト語で書かれたこの文章の文法をめぐり議論があるのには、著者の文体が少なからず影響しているようだ。著者は専門の書記者ではなく、正規の教育を受けていない下級層出身の人物だったのではないかというのが、オーストラリアのシドニーにあるマクォーリー大学で古文書の研究を行うマルコム・コート(Malcolm Choat)氏の見方だ。

 コート氏の報告書には、「この文書が古代に書かれたものでないことを裏付ける“決定的な証拠”は見つからなかったものの、本物だと証明することもできない」とある。しかし、批評家の意見からもわかるように、単純な偽造でないことだけは確かだとコート氏は述べている。

PHOTOGRAPH BY KAREN L. KING

文=Dan Vergano

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