「科学の大発見」はもうない?

2014.04.11
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スイスの欧州原子核研究機構(CERN)にある大型ハドロン衝突型加速器(LHC)。ヒッグス粒子の存在の確認に使用された。

Photograph by Rex Features, AP
 ノーベル賞の受賞理由となる業績の発表から、実際に選考されるまでの期間は以前に比べて長くなっている。このことは、科学の世界にはもう画期的な大発見の可能性が残っていないことを窺わせるものだと、かつてのベストセラー『科学の終焉』の著者ジョン・ホーガン氏が改めて指摘する。 科学界で“ネタ切れ”が起きていることを窺わせる兆候が、近年いくつも確認できる。とりわけ、万物の根本原理を探る基礎物理学の分野でそれを感じる。私は1996年の著書『科学の終焉(おわり)』(邦訳:徳間書店1997年)の中で、こうなることを既に予測していた。

 4月9日付けで「Nature」誌オンライン版に掲載された指摘も、こうした兆候のひとつだ。科学の業績が発表されてからノーベル賞を獲得するまでの期間が以前より長くなっていることを、フィンランドのアールト大学で複雑系を研究するサント・フォルトゥナト(Santo Fortunato)教授らのチームが指摘している。

 この傾向は生理学・医学賞では比較的目立たず、物理学賞で最も顕著だという。1940年以前の受賞者のうち、20年以上前の業績を評価されたのは、物理学賞ではわずか11%、化学賞で15%、生理学・医学賞で24%だった。ところが1985年以降にはこの数値は跳ね上がり、物理学賞で60%、化学賞で52%、生理学・医学賞で45%となっている。ノーベル賞は存命人物のみを対象としているので、もしこの傾向が今後も続けば、今世紀末には受賞まで生き長らえる研究者はいなくなってしまうとフォルトゥナト教授らは書いている。

「Nature」誌への短い寄稿の中では、フォルトゥナト教授らはノーベル賞の今後についての懸念を表明するに留めている。しかし同じチームは別の未発表の論文の中ではもう一歩踏み込んで、ノーベル賞の授賞決定の遅れは「自然科学の基礎研究の分野においては、新発見が認められるまでに要する時間が増しているという共通認識を裏づけるもののように思われる」と指摘している。「この傾向はやや心配である」。

 これを読んで思い出したのは、「アインシュタイン以後、天才科学者は絶滅した」とする小文である。著者は心理学者のディーン・キース・シモントン(Dean Keith Simonton)氏で、やはり「Nature」誌に昨年掲載された。科学者は科学の発展の犠牲になっているとシモントン氏は指摘する。「理論と装置(の発展)によって、今では宇宙の誕生の瞬間や宇宙空間の果てまでが探索できるようになった」ため、現在の科学研究とは「既に確立された、特定の分野の中の知識」に何かを付け加えることでしかなく、飛躍的な重大発見は望めないというのだ。私も『科学の終焉』の中で、同じようなことを書いている。

 もちろん、すべての物理学者が同意見だというわけではない。イギリスの天体物理学者のマーティン・リース(Martin Rees)氏は、ノーベル賞について正反対の見方を示している。授賞の遅れは「候補者の数が増え続けている」ことの現れだというのだ。

 リース氏の考えでは「かつてないほどの数の人が、初期の受賞者の大多数と同水準の業績を達成している」とのことだ。そのリース氏も「素粒子物理学の分野には確かに若干の停滞が見られる」と認めている。

 近年、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)での実験を通じてヒッグス粒子の存在が確認されたことは、素粒子物理学の勝利であるとともに、この分野の問題を示してもいる。ヒッグス粒子の存在が確認されたことで、その存在を最初に提唱したフランソワ・アングレール氏とピーター・ヒッグス氏が2013年にノーベル物理学賞を受賞したが、この提唱は実に半世紀も前に行われたものだ。

 LHCでの実験で裏づけられたヒッグス氏らの仮説は、素粒子物理学の基礎となる標準理論(標準模型)の花形選手と目されている。しかし、「森羅万象のほぼすべてを説明する理論」と言われている標準理論も、実際には物事を完全には説明できていない。そこで物理学の世界では、この数十年ほど、標準理論の克服を目指して、さまざまな「統一理論」が提唱されている。これらの中で特に人気が高いのは、9またはそれ以上の次元の超空間において振動する微小な弦を万物の根源に据えるものだ。

 しかし、この弦理論をはじめとするさまざまな統一理論の根拠はまだ明確でなく、それゆえノーベル賞の対象ともなりにくい。近年のノーベル物理学賞は、標準理論などの既存の理論の発展に貢献した研究に授与されており、万物を説明しうる新たな優れた仮説が評価されることはない。

 基礎研究の時代は終わったという私の見方が、むしろ間違いであれば良いと思う。例えば1990年代後半に宇宙の拡大が加速していることを発見した天体物理学の2つの研究チームは、2011年にノーベル物理学賞を受賞した。この発見はまったく予想外で、宇宙に関する私たちの理解がまだ不完全であると感じさせるものだった。

 さらに先月には、宇宙にあまねく存在するマイクロ波の観測によって、初期宇宙における“インフレーション”が裏づけられたとの研究が発表された。インフレーション理論は、私たちの宇宙がビッグバンの直後に超光速で膨張したとする画期的なものだ。この理論は、私たちの宇宙全体が、さらに大きな「マルチバース(多宇宙)」の中に含まれる小さな泡沫のひとつにすぎない可能性すら示している。

 ただし、私はまだインフレーション理論には懐疑的だ。この理論にはさまざまなバージョンがあって、それゆえ事実上すべての観測結果を「予測」できることになっているが、それは実際には何も予測できていないのと同じことだ。弦理論にも同じことが言える。マルチバース理論については、私たちの宇宙のほかにいくつ宇宙があると仮説を立てても、その宇宙は定義上、観測不可能なのだ。

 そして、このように純理論的な仮説に人気が集中していることこそが、これ以上新たな発見は望めそうにないと考える最大の理由である。

 とはいえ、もし今後の観測によって新たに十分な根拠が見つかり、インフレーション理論がノーベル賞を受賞するのであれば、それは嬉しいことだ。物理学者で、マルチバース理論を支持する立場のマックス・テグマーク(Max Tegmark)氏は、インフレーション理論はノーベル賞を「狙える」位置にあると考えている。

 だがもしインフレーション理論にノーベル賞を認めるのであれば、急がねばならない。この理論が初めて提唱されたのは30年以上前のことで、提唱者のアラン・グース(Alan Guth)氏は現在67歳、アンドレイ・リンデ(Andrei Linde)氏も66歳になっている。

Photograph by Rex Features, AP

文=John Horgan

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