“人工冬眠”による救命医療始まる

2014.04.08
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低温の液体を患者の体内に送り込むポンプ操作の練習をする救急医療チームのメンバー。体を冷却し、患者が生還する可能性を増加させる技術だ。

PHOTOGRAPH BY UPMC
 ペンシルバニア州ピッツバーグにある病院の外科医たちは近く、銃で撃たれた被害者をまず死なせる、もしくはそれに近い状態にさせることで、その命を救おうとしている。 銃で撃たれた、もしくは刃物で刺された被害者が大量出血のため心停止に陥ると、どんな勇敢な蘇生の試みが行われても、その90%は失敗に終わる。しかし今月、ピッツバーグ大学医療センター長老派教会病院のサム・ティッシャーマン(Sam Tisherman)、パトリック・コハネク(Patrick Kochanek)両氏の指導のもと開始される研究で、より優れた救命法の存在が検証される。それは心拍が停止した後に体を冷却し、ほかの機能もすべて実質的に停止させるものだ。

 患者を文字通り仮死状態、あるいはティッシャーマン氏言うところの“緊急保存(emergency preservation)”状態にすることで、傷の縫合が終わるまで脳機能を保持しようというのが外科医たちの意図だ。脳機能が先に失われれば、患者は死に至るからだ。

 ピッツバーグ大学同病院の研究計画では、10人の患者をこの超低温療法によって治療し、冷却しない通常の心肺蘇生法と手術による治療を受けた別の10人と生存率を比較する。最初のグループで良い結果が出れば、必要に応じて手順を改良し、次の10人の患者で再試験を行う。

 研究の一環として、銃で撃たれた、もしくは刃物で刺された被害者が心停止状態で同病院の救急医療室(ER)に運ばれた場合、どの患者に対しても次の方法をとる。まずは、開胸して直接手で心臓マッサージを施す標準的な治療を行う。心臓マッサージで心拍が回復しない場合、研究チームは“保存”モードへ入る。太いカテーテルを直接患者の大動脈(心臓から出ている最も太い動脈)に通し、ティッシャーマン氏が“フラッシュ(flush)”と呼ぶ低温の食塩水を注入する。食塩水は摂氏10度、よく冷えた水道水とほぼ同じ温度だ。それを循環させると、まず心臓と脳が、続いて体の他の部分が冷却され、最終的に患者の体温も摂氏10度まで下がる。15〜20分かけて冷却されると、患者の体からは血液がすっかり抜かれ、呼吸も運動も停止し、外面的な生命徴候は全く見られなくなる。

 ティッシャーマン氏は、被害者を仮死状態にすることで「外科医が出血を抑える処置をする時間を買う」ことができると期待している。同氏の推定によると、冷却状態に置くことで約1時間、止血や大きな傷の修復など“ダメージコントロール”を行うことができる。そして血液を体内に再注入し、心臓を再鼓動させ、さらに2時間かけてゆっくり患者の体温を正常に戻していく。その後、それほど重篤ではない傷の修復に再び取り掛かることになる。実験がうまくいけば、患者は完全に機能を取り戻し、約1時間臨床的には死んでいたにもかかわらず、何事もなかったかのように息を吹き返す。

 ティッシャーマン、コハネク両氏は、他所の医療センターにも研究に参加してもらおうと計画している。“外傷による心停止に対する緊急保存と蘇生(Emergency Preservation and Resuscitation for Cardiac Arrest From Trauma, EPR-CAT)”として知られている計画だ。次に参加する予定なのはメリーランド大学の病院で、同病院では外傷外科医、心臓外科医、灌流(かんりゅう)技師の各チームが現在EPRの訓練を受けている。

 意識を失った心停止状態の患者からはその状況上、インフォームドコンセント(治療法について理解した上での同意)を得ることができないため、研究の実施に際しては倫理的な問題も懸念されうる。しかし、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、生命に関わる緊急事態の場合はインフォームドコンセントの適用除外とすることを許可している。ピッツバーグの研究に関わる医師たちも、周辺の地域社会でタウンホールミーティング(対話集会)を何度も実施し、研究内容を説明することで、さらにインプライドコンセント(黙示の同意)の準備を整えた。また、プロジェクトへの参加を望まない人たちには、ブレスレットをつけてその意志を表明する選択肢も用意している。

PHOTOGRAPH BY UPMC

文=Robin Marantz Henig

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