インド、元首相の暗殺共謀犯を釈放か?

2014.03.26
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インド、タミル・ナードゥ州政府の決定に反対する人々。同州首相は、ラジーヴ・ガンジー元首相の暗殺に関与した7人の囚人を釈放すると宣言している。

PHOTOGRAPH BY BIKAS DAS, ASSOCIATED PRESS
 インド最高裁判所は先月、1991年5月のラジーヴ・ガンジー元首相の暗殺に関与していたタミル人3名の量刑を、死刑から終身刑に減刑すると決定した。国は暗殺犯に免罪符を与えるのか。インドで大きな論争が巻き起こっている。 逮捕された暗殺共謀犯7名のうち、4名は既に減刑されている。今回の最高裁決定を受けて、凶行が行われたタミル・ナードゥ州の首相は「7人全員を釈放する」と宣言。インド南部の同州は、工業が盛んで教育水準も高い。海を挟んでスリランカの向かいに位置し、少数民族タミル人の大半が同州やスリランカ北東部に住んでいる。

 多くのインド国民にとって、このような「許し」は限度を超えているようだ。ガンジー一族ゆかりの政党「インド国民会議(INC)」が率いる連邦政府は、最高裁に対して釈放を止めるように要請している。

 今回の釈放劇は、博愛主義よりも政局の影響が甚だしい。J・ジャヤラリタ州首相は、来月実施予定のインド総選挙において、自ら党首を務める「全インド・アンナ・ドラヴィダ進歩同盟(AIADMK)」にタミル人票を期待しているのだ。

 7人を釈放すれば、州の票が大きく動くことになるだろう。ただし、ほかの地域のインド国民にとっては看過できない暴挙と映っている。

 ラジーヴ・ガンジーの暗殺当時、筆者は「Time」誌のニューデリー支局長としてインドに赴任していた。あの事件の衝撃は忘れることができない。

◆自爆ベスト

 事件発生は1991年5月21日。インド総選挙の最終盤で、ラジーヴ・ガンジー率いるINCとインド人民党(BJP)が激しく争っていた。外国特派員の集まる懇談会がニューデリーで開催され、筆者も出席していた。

 すると、電話を受けたオーストラリア人記者が、「編集長に呼ばれたから席を外す。気にせず続けてくれ」と言って慌てて出て行った。「何があったのか」と思っていると、すぐに部屋中でポケベルが鳴り始めた。画面には、「ラジーヴ・ガンジー死去」、「爆破」、「場所はタミル・ナードゥ州の集会」の文字が矢継ぎ早に表示される。

 暗殺犯は女性だった。ラジーヴ・ガンジーに花輪をプレゼントして、頭を下げ、足に触れた。尊敬を示すしぐさである。すると突然、女性の体が爆発。彼女は爆薬を搭載した「自爆ベスト」を身に付けていた。

 女性とラジーヴ・ガンジー、周囲の14人が即死。

 それからの24時間の経過はあまり覚えていない。とくかく取材を続けていた。

◆タミル人の容疑者

 首謀者は、タミル人のテロ組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」とされる。当時、スリランカで独立運動を繰り広げていた反政府武装集団だ。首相時代のラジーヴ・ガンジーは、LTTE鎮圧に向けてインド軍をスリランカに派兵。「与党に返り咲いた場合、再度派兵する」と公約していたため、LTTEの標的となった。

 ラジーヴ・ガンジーの一族はインドでも有数の名家で、祖父はインドの初代首相ネルー、母インディラ・ガンジーも首相を務めている(マハトマ・ガンジーとの血縁関係はない)。ラジーヴはパイロットとして航空会社に勤務していたが、母の暗殺後の弟の事故死を受けて政治家に転身、腐敗とは無縁の陽気な笑顔で人気を集める。そのラジーヴが暗殺されたとニュースが広まると、インド国民は悲しみのあまり、ある種のパニック状態に陥った。5月24日の国葬の際には大量の人が道にあふれ出し、群集の中を移動するトラックは、まるで荒れ狂った海を渡る小舟のように揺すぶられた。

 その後の調査で、実行犯は5名のチームと判明。いずれも、自爆と同時に死亡したか、追い詰められた際に青酸カリのカプセルを飲んで自殺している。そして、タミル人7名が暗殺計画の末端に関与したとして逮捕され、有罪判決を受けた。今回の大論争の中心にいるのがこの7人だ。

◆自爆テロの時代

 暗殺で使用された自爆ベストは、現在各地で頻発する自爆テロのプロトタイプとなっている。

 1990年代LTTEは、スリランカで自爆ベストによるテロを何度も実行した。その後イスラム系武装勢力にも広まり、アフガニスタンやパキスタン、イラク、イスラエル、ヨルダン川西岸でも利用されるようになる。ラジーヴ・ガンジーの暗殺以降、私は各地で自爆テロの取材を続けたが、人がなぜこのような恐ろしい手段を実行できるのか、答えはまだ見つかっていない。

◆インドの選択

 自爆テロの発生は、「許し」によって抑えられるのだろうか。今後の復讐(ふくしゅう)の連鎖を断ち切る効果があるのだろうか。

 インドの暗殺共謀者が減刑されるきっかけをもたらしたのは、ラジーヴ・ガンジーの未亡人、ソニア・ガンジー氏の慈悲の心であった。

 獄中で出産したナリニ・スリハラン女性囚の存在を知ったソニア・ガンジー氏が、「彼女とその娘のために寛大な措置を」と訴えたのだ。

 インド最高裁はこれを受け入れ、終身刑へ量刑を変えた。スリハラン氏は「暗殺計画にかかわったことを後悔している」と述べている。残された問題は、釈放まで認めるかどうかだ。今後、最高裁がどのような判断を下すか注目される。

PHOTOGRAPH BY BIKAS DAS, ASSOCIATED PRESS

文=Tim McGirk

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