18世紀中頃のタヒチの民家を描いた版画。家畜の中にニワトリの群れが見える。

ILLUSTRATION BY DeAGOSTINI, GETTY
 ニワトリは本当に太平洋を渡って南米に持ち込まれたのだろうか。どうやら、渡ってはいない。少なくとも、渡り切らなかったようだ。 ミクロネシアとポリネシアに分布する古代と現代のニワトリの系統についてDNAを調査している研究者らが、 これらが南米のニワトリとは遺伝的にはっきり異なっていると判定した。この研究は、数百年前にポリネシアの 船乗りたちが、ヨーロッパの冒険者たちに先んじて南米の岸に到達していたかもしれないという魅力的な説に真 っ向から反論するものだ。

 ポリネシア人と南米先住民が接触していた可能性を示す興味深い証拠の1つに、南米にはもともといなかった はずのニワトリがコロンブス到達以前に存在したらしいという推定があり、南太平洋の島から来た船乗りによっ て大陸にもたらされたと言われている。さらなる証拠は、南米原産であるサツマイモが南太平洋のどこへ行って も見られることだ。1770年にジェームズ・クックがこの地域を航海したときには、すでに広い範囲の島々にサツ マイモが分布していた。

 しかし、アデレード大学オーストラリア古代DNAセンター所長で、17日に発表された論文の共同著者であるア ラン・クーパー(Alan Cooper)氏によれば、少なくともニワトリに関しては両地域間で関連はないらしい。

 研究チームは、ポリネシアの遺物発掘地点から出土したニワトリの骨22本と、現在南太平洋の島々に生息する ニワトリの羽122本から採取したミトコンドリアDNAの配列を解析した。研究では酵素の一種を用い、従来の研究 結果を誤らせていた可能性がある現代のDNAによる汚染を取り除いた。「汚れを落とした」ポリネシアのニワト リと、古代と現代の南米のニワトリのDNAを比較した結果、2つの集団が遺伝的に明らかに異なっていることが分 かった。

◆南太平洋への進出

 南太平洋に人が住み始めた過程には2つの段階があった。1回目は3000年以上前のことで、ラピタ人の名で知ら れる謎の多い船乗りたちがパプアニューギニアのビスマルク諸島を後にし、太平洋の青海原へと漕ぎ出した。驚 くべきことに、彼らはバヌアツ、フィジー、トンガ、サモア、ニューカレドニアなど、熱帯に隠されていた楽園 のような数百の島々を数世代のうちに見つけ出し、定住することができた。

 彼らは探検家ではなく開拓者として海を渡った。新しい土地が見つかるという確信の下、家族を連れ、道具を 作るフリント石器、陶器、食料など、新しい住みかを作るのに必要と思われる物を全て携えて出発した。そこに ニワトリも含まれていた。

 2段階目は、ずっと後の紀元800年前後から始まった。彼らは東太平洋の広大な海へと進出し、タヒチ、ボラボ ラ島、マルキーズ諸島、イースター島、ハワイにまで到達した。こうした驚異的な海の旅を彼らがどのように成 し遂げたのか、なぜ船出を決めたのか、正確なところは謎のままであり好奇心をそそる。彼らは文字による記録 を残さず、遺物もほとんどないからだ。

 太古のポリネシア人が航海に使ったカヌーの1隻すら現代には残っておらず、研究の手掛かりはごくわずか だ。考古学者たちは、広範囲の島々に散らばった骨や陶器のかけら、南太平洋の開拓者たちが運んだ植物や家 畜、そして今生きている彼らの子孫たちが持つDNAの鎖といった証拠から、壮大な移住の物語を編み出すことを 強いられてきた。

◆骨が論争の的に

 ポリネシア人が南米にニワトリを持ち込み、長い航海の証拠として残ったのかもしれないという考えは、ごく 最近出てきたものだ。研究者たちは長年にわたり、ポルトガルやスペインから到達したばかりのヨーロッパ人探 検家たちが、ウマ、ブタ、ウシと共にニワトリを南米に連れて来たと考えていた。

 ところが2007年に行われた研究で、チリ、サンティアゴ近郊の発掘地点から出土したニワトリの骨を放射性炭 素年代測定法で調べた結果、1321~1407年とヨーロッパ人到達よりずっと以前のものであることが分かった。年 代の古さ、太平洋岸という位置、そしてポリネシアのニワトリに共通する特徴的な遺伝子突然変異がこの骨にも 存在したことから、この肉厚の鳥が南太平洋の航海者たちによってもたらされたのではという興味深い推測が示 された。

 コンサルティング会社「アーチャーCRM」の考古学者で、チリでの2007年の調査を率いたアリス・ストーリー (Alice Storey)氏は、「それが最も可能性の高い説明だ」と語る。「ニワトリの伝播ルートとして考えられる ものをいくつも調査したが、いずれもポリネシア起源説ほどの説得力はない」。

 だが1年もしないうちに、この結果には他の研究者から疑問が呈されることになった。チリで出土したニワト リのDNAをクーパー氏のチームが分析したところ、骨の年代は誤りで、ポリネシアの祖先に由来すると考えられ た遺伝子突然変異は、実際には世界中のニワトリに見られるごく一般的な変異だと示された。この時の成果が、 ポリネシアのニワトリについてDNAを調査した17日発表の研究の基礎となっている。

 この研究結果は3月17日、「Proceedings of the National Academy of Sciences」オンライン版に掲載され た。

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文=Roff Smith