賛否が分かれる野生動物の駆除

2014.03.17
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イングランド南東部サリー州の英国野生生物センターで餌を探すアナグマ。ウシ結核を媒介している可能性が あり、家畜にとって危険と考えられている。

PHOTOGRAPH BY STEFAN WERMUTH, REUTERS
 昨年の秋、英国環境・食料・農村地域省はアナグマを駆除の対象とした。個体数調整策として一定数を殺処分するのだ。 アナグマはウシ結核を媒介するとされ、検査で陽性のウシを出した酪農家は深刻な経済的損失をこうむる。し かし、このほどBBCが曝露した独立委員会の報告によれば、駆除は有効ではなく、人道的でもないという。

 駆除の提案はアメリカでも話題を呼んでいる。モンタナ州ではバイソン、ニューヨーク州ではハクチョウ、ガ ン、シカが野生動物管理当局による駆除の対象となっている。

 これらの大々的な駆除事業の背景には何があるのか。駆除は必要なのか。倫理的に行うことは可能なのか。推 進派と反対派の議論の核心は何なのか。

 我々は間引きをめぐる論争について、ニューヨーク市立大学の自然保護論者で、以前NPO野生生物トラスト (現在はエコヘルス・アライアンスに改称)の代表を務めていたメアリー・パール(Mary Pearl)氏とともに要 点を探った。

◆この頃、野生動物の駆除がニュースをにぎわせています。これは目新しい取り組みなのでしょうか?

 私としては、過去には自然が野生動物種の駆除を担っていたと考えます。現在でもそうです。限られた生息地 で特定の動物が増え過ぎれば、餌不足で激減するか、彼らの弱点を利用する病原体に侵されるかのいずれかで す。人間を含む捕食者に狩られるのはその次の段階です。

 現代の駆除は、私たち人間にとっての手つかずの自然が、広大で互いに関わり合うものから、島のように孤立 した野生動物の生息地に、さらには巨大な動物園に近いものへと変化していることの産物です。今あるのは限ら れた展示スペースであり、個体数が監視されることなく増えていくのを放ってはおけません。

 また、野生生物が地球上をどんどん移動するようになったためでもあります。意図的に新しい場所に導入され たり、人や荷物にくっついたりして飛行機や船で運ばれ、世界のある地点から別の地点へ渡っていきます。新た にやって来た種は、天敵がいなければ大量繁殖が可能です。

◆パール氏が住むニューヨーク州では、州の環境保護局がこのほどコブハクチョウの駆除計画を発表しました が、市民からは再考を求める抗議の声が上がりました。駆除計画が出た要因は何でしょうか?

 まず、コブハクチョウは侵略的外来種であり、原産はヨーロッパです。1960年代以前には、導入されたコブハ クチョウは珍しい物でした。最近になって一部の地域で個体数が劇的に増えています。

 個体数以上に問題なのは、コブハクチョウは両翼を広げると2メートルもある大きな鳥で、生態系への影響が 大きいという点です。1羽が1日に食べる水生植物は2.3~3.6キロにもなり、しかも性格は攻撃的です。このた め、その土地に固有の希少な鳥類を追い払ってしまいます。他の鳥が巣作りできないよう、約2ヘクタールの池 を独占することができます。

◆英国で最近出た報告は、試験的に行われた駆除事業の多くのケースで、アナグマの殺処分が人道的でなかった と結論付けました。人道的な駆除とはどういうものだと考えますか?

 多くの人にとっては意外かもしれませんが、大半の動物倫理学者は、動物を苦しめないことは殺さないことよ りも重要だと考えています。例えば多くの場合、動物に気付かれずあっという間に駆除する狙撃手の方が、付随 する恐怖と痛みを考えると、動物にストレスを与える長期間の捕獲よりも望ましいといえます。

 いかなる場合でも、野生動物との接触は最小限かつ人道的であるべきです。そして、駆除にあたっては根拠に 基づく説明が必要です。希望的観測ではなく、リスクを予想して回避し、疾患の抑制または持続可能な個体数レ ベルの達成といった設定目標が十分に現実的で、絶えずモニタリングできる堅実な計画でなければなりません。

◆野生生物管理当局は、駆除を生態系の平衡メカニズムと表現しています。一方、一部の動物保護論者はこの行 為を生態系にとって破壊的だと見ています。これは「自然」の定義についての論争なのでしょうか?

 私たちの社会では、2つの強い主張が混同されていると思います。一方には、野生動物保護に本当に熱心に取 り組んでいる人たちがいます。この場合の保護とは、生物多様性が保たれた生息地をできる限りたくさん、健全 に維持することを指します。もう一方には、動物の権利を主張する人たちがいます。彼らはどんな動物も倫理的 に考慮されるべきで、生きる権利を持っているはずだと考えています。

 悲しいのは、どちらの側も心から自然を愛しているということだと思います。人間であふれかえっている惑星 にあって自然の未来をどう考えるかという点で、両者の見方が非常に隔たっているのです。

PHOTOGRAPH BY STEFAN WERMUTH, REUTERS

文=Will James

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