アメリカの飲み水は安全か?

2014.02.19
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アメリカ、ウェストバージニア州サウスチャールストンを流れるカナワ川の支流沿い(1月14日)。隣接する化学工場で2月11日、石炭スラリーの流出事故が発生している。

Photograph by STEVE HELBER, AP
 先月、アメリカのウェストバージニア州チャールストンで発生した化学薬品の河川流出事故の影響で、30万人の市民が水道水を利用できなくなった。この汚染事故をきっかけに、アメリカ国内では「飲み水は安全なのか」と懸念する声が上がっている。 アメリカの水道水は世界でも有数の品質を誇っているが、その信頼が一瞬で崩壊しかねない事情が明らかとなった。

 1月9日、チャールストン近郊で、地上の貯蔵タンクから漏れ出た化学薬品「4-メチルシクロヘキサンメタノール(MCHM)」が、カナウ川の支流のエルク川におよそ3万8000リットル流出した。この化学薬品については詳細が不明で、規制もされていない。流出地点の2キロほど下流に、同州の水道会社ウェストバージニア・アメリカンウォーターが運営する浄水場があるが、炭素ろ過システムは機能していない。1週間もしないうちに、400人以上が発疹や吐き気、嘔吐(おうと)などの症状を訴え、病院で治療を受ける事態に発展した。

 その後、MCHM濃度が1ppm(100万分の1)を下回り、1月13日以降、アメリカンウォーター社は安全を宣言。各地の水道水規制を解除していった。しかし、「この基準には科学的根拠がない」と懸念する研究者もおり、周辺住民の多くは現在でも水道水を飲んでいないという。

◆石炭灰と水質汚染

 事故に関する公聴会が連邦議会で開かれていた2月2日、さらに別の事故が発生。ノースカロライナとバージニアの州境付近を流れるダン川に、8万2000トンもの有毒な石炭灰(フライアッシュ)が流出したのだ。大手電力会社デュークエナジー所有の、閉鎖された発電所貯蔵池の破断によるものだった。両州の保健当局は、「川で泳がないように。川の魚を食べないように」と注意を呼び掛けている。

 ノースカロライナ州ダーラムにあるデューク大学の環境科学者ロバート・B・ジャクソン(Robert B. Jackson)氏は、「石炭灰は非常に毒性が強く、飲み水の安全を脅かす」と警告する。

 石炭発電の廃棄物である石炭灰には、ヒ素、水銀、鉛、タリウムなどの危険な金属類が含まれている。発電所では、水とドロドロに混ぜたスラリー(泥しょう)状態にして大きな貯蔵池に保存する。貯蔵池の多くは大きな河川に隣接して造られており、今回の事故もダン川沿いで発生している。

 石炭スラリー貯蔵池の事故は今回が初めてではなく、2008年、テネシー州東部で堤防が決壊した際、テネシー川流域開発公社(TVA)所有のキングストン化石燃料発電所の貯蔵池から大量の石炭灰が流出している。下流の河川の水質を検査したところ、鉛とタリウムの量が飲み水の安全基準を超えていた。TVAの河川清浄が完了するまで1年半かかっている。

 テネシー州の事故後、アメリカ環境保護庁(EPA)は、240の施設にある計676カ所の石炭灰貯蔵池を調査。45カ所が「非常に危険」と指定されている。

◆気候変動と水質汚染

「気候変動も水質を脅かす脅威となる」とジャクソン氏は話す。乾燥地域や湿潤地域はますますそのレベルが甚だしくなると予測され、「どちらの場合でも、極端な気候になると、安全な飲み水の確保が難しくなる」。

 例えばハリケーン・フロイドがノースカロライナ州を襲った1999年、養豚場が洪水に見舞われ、「ブタの糞尿(ふんにょう)の貯蔵池から中身が河川に流出、広範囲にわたって飲み水が汚染される事態となった」。フロイド襲来から10年以上経過した現在でも、同州には貯蔵池が4000カ所以上あるという。

 他方、干ばつでも飲み水に悪影響が出る。2012年、カリフォルニア大学デービス校の研究チームがカリフォルニア州水資源管理委員会(California State Water Control Board)に提出した報告書によると、同州のトゥーレアリ湖盆地やサリナスバレーに住むおよそ25万4000人の飲み水が、硝酸塩に汚染される危険があるという。アメリカ国内でも有数の生産性を誇る農業地帯であり、多量の肥料を施した農地から硝酸塩が地下水に侵出している。

 度重なる干ばつの影響で、農家は灌漑用地下水にますます依存するようになり、硝酸塩の地下水濃度が高まる悪循環に陥っている。カリフォルニア州に拠点を置く非営利団体コミュニティー・ウォーター・センター(Community Water Center)の創設者ローレル・ファイアストーン(Laurel Firestone)氏は、「カリフォルニア州の干ばつは、もともと存在していた問題をさらに悪化させている」と憤る。「最初に影響を受ける“炭鉱のカナリア”は、飲み水を浅い井戸に依存している人々だ。大量の硝酸塩を摂取すると命にかかわることになるし、流産やチアノーゼの症状などが表れるメトヘモグロビン血症を引き起こす恐れもある」。

 デューク大学のジャクソン氏も、「同州に限らず、最も影響を受けやすい人は、個人所有の水源から水を得ている人だ。自前で費用を払わなければ、誰も検査してくれない」と話す。

◆気付かない汚染

 ジャクソン氏をはじめとする研究者は、汚染事故のような大ニュースや気候変動よりも、誰も気付かないうちに進行する慢性的な汚染を懸念しているという。汚染源は、人々が日常的に利用する医薬品やヘルスケア製品。下水処理施設には、抗生物質やステロイド、シャンプーやローションなどの成分を取り除く機能は備えていない。

 EPAは、「一般的に、このような成分が飲み水に多少含まれていても健康には影響しない」としているが、妊婦などへの影響については結論を出していない。

「膨大な種類の化学成分が湖や河川、帯水層で相互作用したとき何が起きるか、まったくわかっていない」とジャクソン氏。「ウェストバージニア州の汚染事故は非常に恐ろしいが、発生自体は公になる。それよりも、知らない間にゆっくり、着実に化学反応と汚染が進んでいる方が危険な状態だ」。

 さらに事態を悪化させるのが、水道管の経年劣化だ。アメリカの大半の水道水設備は耐用年数を過ぎようとしている。アメリカ水道協会(American Water Works Association)の推計によると、水道本管の破裂がアメリカ全土で年間24万件発生。国内全域で水道管の再整備に必要な費用は、数兆ドル(数百兆円)に上ると見積もられている。

 水道水の安全性に懸念が深まる中、ペットボトルの水を購入する人が増えている。しかし、ジャクソン氏はこの方策に否定的だ。「この数週間のウェストバージニア州であれば意味がある。だが、平時に限れば、市販品がより安全だという証拠は一切存在しない。特に都心部の水道水の水質基準が、ペットボトルの水よりもはるかに厳しいという事実はほとんど知られていない」。

Photograph by STEVE HELBER, AP

文=Tim Friend

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