歴史的漂流、5つの物語

2014.02.06
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1789年、「バウンティ号の反乱」により船を乗っ取られ、救命艇に移乗させられたブライ船長ら。

ILLUSTRATION BY HULTON ARCHIVE, GETTY
 1月30日、ボロボロになった小さな船がマーシャル諸島のイーボン環礁に漂着した。乗っていたのは、エルサルバドル出身の漁師ホセ・サルバドール・アルバレンガ(Jose Salvador Alvarenga)さん。本人いわく、太平洋上を1万800キロにわたって漂流し、実に13カ月もの間、雨水を飲み、魚やカメを食べて飢えをしのいでいたという。 アルバレンガさんはメキシコのコスタアスール(Costa Azul)から出航した後、強風で沖に流された。ほかに 同乗者が1人いたが、後に死亡したという。最終的に、船はオーストラリアとハワイの中間付近に位置するサン ゴ礁に漂着した。

 この驚くべき話が真実だとしたら、アルバレンガさんは以下にあげる歴史的な漂流者たちの仲間入りをはたす ことになる。

◆アレクサンダー・セルカーク、ロビンソン・クルーソーのモデル

 スコットランド人の水夫アレクサンダー・セルカーク(Alexander Selkirk)は、ダニエル・デフォーの小説 『ロビンソン・クルーソー』のモデルになったとされている。ただし、セルカークはロビンソン・クルーソーの ように難破したわけではなく、おそらくは船乗り特有の激しい気性が原因で船長といさかいを起こし、1704年か ら1709年まで、チリから644キロ離れたファン・フェルナンデス諸島に置き去りにされた。

 セルカークに与えられたのは最低限の食糧と道具のみ。しかし島には水が豊富にあり、ベリー類やイセエビ、 さらには野生のヤギなど食材にも不自由しなかった。セルカークが滞在した島は、今ではロビンソン・クルーソ ー島と呼ばれている。

◆スティーヴン・キャラハン、大西洋漂流76日間

 1982年、スティーヴン・キャラハン(Steven Callahan)氏の乗った小型ヨットが大西洋で沈没した。カナリ ヤ諸島を出航して1週間後のことだ。キャラハン氏は長さ1.8メートルの救命イカダの上で魚を捕まえ、蒸留器を 使って飲み水を確保し、1人きりで76日間を生き延びた。後に彼はこのときの経験を「大西洋漂流76日間」とい う本にまとめ、同書はベストセラーとなった。

◆ルイス・ザンペリーニ、太平洋漂流記

 ローラ・ヒレンブランドの『Unbroken』という本の中で語られているのは、第二次世界大戦の退役軍人ルイ ス・ザンペリーニ(Louis Zamperini)さんの波乱万丈の人生だ。

 陸上長距離の代表選手としてベルリンオリンピックにも出場したザンペリーニさんの乗ったB-24爆撃機は1943 年5月、ハワイ州オアフ島の西沖約1370キロの太平洋上に墜落した。彼は仲間の兵士2人と共に太平洋を数週間漂 流し、半飢餓状態、サメの襲撃、機銃掃射攻撃などの苦難に遭遇。47日後、もう一人の生存者とともにマーシャ ル諸島にたどり着いたが、日本軍の捕虜となり、過酷な収容所生活が終戦まで続いた。

◆反乱後のバウンティ号ブライ船長

 1789年、南太平洋でイギリス海軍の武装輸送船バウンティ号で反乱が起き、それをきっかけにブライ船長の壮 大な漂流の旅が始まった。

 後に彼はそのときの様子を仔細に書き残している。それによると、ブライ船長は上級准士官のフレッチャー・ クリスチャン(Fletcher Christian)をはじめとする反乱者らに突然寝込みを襲われ、両手をしばられたあげ く、18人の船員と共に救命艇に乗せられ追放されたという。

 ブライ船長らは長さ7メートルの救命艇に乗り、トンガ近海から6700キロを漂流した末、ティモール島に漂着 した。

◆メキシコの漁師3人、1年の漂流

 2005年、メキシコの漁師ルシオ・レンドン(Lucio Rendon)さん、サルバドール・オルドネス(Salvador Ordonez)さん、ヘスス・ビダーナ(Jesus Vidana)さんらはサメ漁に出かけた後、行方不明になった。

 3人は286日の間、太平洋を8000キロにわたって漂流した後、間に合わせの帆を立て、上空を飛ぶ飛行機を目印 に西へ向かった。その間、魚や鳥を生のまま食べ、雨水や自分たちの尿を飲んで命をつないでいたという。最終 的にマーシャル諸島近海で台湾の漁船に発見されたが、一緒に乗っていた仲間の漁師2人はすでに死亡してい た。

ILLUSTRATION BY HULTON ARCHIVE, GETTY

文=Brian Handwerk

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