マンモスは植生の変化で絶滅?

2014.02.06
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ケナガマンモスは絶滅するまでの少なくとも30万年間、北方のステップ地帯に生息していた。

ILLUSTRATION BY SCIENCE PICTURE CO., CORBIS
 古代の北極圏の植生を調べた最新研究によると、今から約1万年前、突如として北極圏に広がったイネ科植物の草原が、ケナガマンモスなどの先史時代の哺乳類を絶滅させる一因になったという。 かつてシベリアや北アメリカの極北の平野には、マンモスやケブカサイなど、“メガファウナ”と呼ばれる大型動物が生息していた。それらが絶滅した理由については、氷河期の後にやってきた気候の温暖化、先史時代の狩猟者、さらには彗星の影響などが挙げられている。

 そしてこのほど、コペンハーゲン大学のエシュケ・ウィラースレフ(Eske Willerslev)氏率いるチームが、過去5万年にわたる北極圏の植生のDNA分析を行った結果、温暖化説に新たな要素が加わった。大型動物が絶滅したのは、餌としていた植物が十分に食べられなくなったためだというのだ。

 今から約1万年前、ヤマヨモギ、セイヨウノコギリソウ、キク、ヨモギギクなど、広葉草本(forb:葉の広い、イネ科以外の草)と呼ばれる顕花植物が北極圏のステップ地帯から姿を消し、代わりにイネ科の草が優勢になったことが今回の研究で明らかになった。この植生変化は、「おそらくメガファウナの多くの種が減少、絶滅した要因の1つだ」と、ウィラースレフ氏は電子メールでの取材に対して述べている。

◆DNAは語る

 マンモスはイネ科の草を食べていたと考えられていたため、これは驚くべき新説だ。今回の研究成果は、最後の氷河期の時代、ヨーロッパ、アジア、北アメリカの極地にはイネ科の草に覆われた“マンモス・ステップ”が広がっていたとする従来の説に疑問を投げかけている。

 今回の研究では、ロシア北部、カナダ、アラスカの17地点から、5万年前までさかのぼる永久凍土コアを採取した。コアに含まれていたDNAの断片は、広葉草本とそれらに関連している小さな線形動物が、古代のステップ地帯ではイネ科の植物より優勢だった時代があることを示唆した。

 しかも、マンモスなどの大型哺乳類は、広葉草本のほうを好んで食べていたとみられる。研究チームが、永久凍土に保存されていたマンモス、ケブカサイ、ウマ、トナカイ、アメリカアカシカの胃の内容物と糞のサンプル18個を分析したところ、広葉草本が動物たちの餌の大部分を占めていた。

 広葉草本の植物は重要なタンパク源となりえたもので、イネ科植物より消化しやすかった可能性があると、ウィラースレフ氏は述べる。既存研究は、マンモスがこれらを餌にしていたことを見落としたと研究チームは考えている。既存研究では、花粉の数を手がかりとして、当時の北極圏の植生を推測していたためだ。風媒花であるイネ科植物は多くの花粉を作るため、既存研究はステップ地帯の植物構成を誤って推測していたという。

◆イネ科の時代へ

 最後の氷河期がピークを迎えた約2万年前、北極圏の植物の多様性は低下したが、それでも広葉草本はイネ科植物より優勢であり続けた。しかし温暖化によって氷河期が終わると、気候は湿潤に変化し、イネ科植物に有利となった。「北極圏の植生が変化し、現在のように低木やイネ科植物が優勢となったのは、おそらくこのためだ」とウィラースレフ氏は述べる。実際、古代のステップ地帯の大部分は、コケの生えたツンドラに取って代わられている。

 ステップ地帯において、イネ科植物と今回の研究が示唆する広葉草本のどちらが優勢であったにせよ、マンモスなどの大型哺乳類の存在もまた、ステップの維持に一役買っていたと思われる。動物たちが草を食べたり踏みつけたりすることは、新たな種子が根付くのを助け、その糞は植物の肥料となった。したがって、人間の狩猟者がマンモスの数を減らしたことが、気候の変化によって始まった植生の転換に拍車をかけた可能性がある。

 ケナガマンモスは絶滅するまで少なくとも30万年の間、北方のステップ地帯を闊歩していた。アラスカの一部地域では当時、マンモスやウマ、バイソンなど、現在の少なくとも6倍の数の動物が生息していた。最後の孤立したマンモスの集団がシベリアのウランゲリ島で絶滅したのは、今からおよそ3700年前のことだと考えられている。

 今回の研究成果は、2月5日付で「Nature」誌オンライン版に発表された。

ILLUSTRATION BY SCIENCE PICTURE CO., CORBIS

文=Dan Vergano

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