高く評価された俳優フィリップ・シーモア・ホフマン氏は、腕に注射器が刺さった状態で死亡しているのを発見された。

Photograph by Andrew Burton, Getty
「薬物の過剰摂取による事故」という言葉を聞けば、誰かが誤って多量の薬物を吸引、注射、または服用してしまったのだろうと考えるのは当然だ。先週末死亡した俳優フィリップ・シーモア・ホフマン氏の場合もそれが原因だとみられている。しかしヘロインの過剰摂取は、それほど単純ではない。 ヘロインの過剰摂取が起こる原因は、ヘロインを使用すると中毒者の脳内では神経細胞に変化が起こるが、その変化のスピードが脳の部位によって異なるためだ。

「摂取量が増えてくると、陶酔感が得られる反応には急速に耐性ができてしまうが、呼吸を司る部位は同じスピードで耐性を獲得することができない」と、麻薬中毒患者の治療を専門とし、サンフランシスコのヘイト・アシュベリー無料診療所(Haight Ashbury Free Clinics)を設立したデイビッド・スミス(David Smith)氏は説明する。

「ヘロインを注射すると文字通りそのたびに、使用者は過剰摂取の危険を冒すことになる」と語るのは、アメリカ国立薬物乱用研究所科学政策コミュニケーション局(Office of Science Policy and Communications)のジャック・スタイン(Jack Stein)局長だ。危険な状態にある人たちは増え続けている。2007年に37万3000人だったヘロイン使用者数は、2012年には66万9000人と80パーセントも増加している。

◆ヘロインは脳を乗っ取る

 注入されたヘロインは血液脳関門を通過するとモルヒネに変化し、脳内のミューオピオイド受容体と結合することでスイッチが入る。ヘロイン使用者は7〜8秒以内に急速に陶酔感を得る。その後すぐ意識がもうろうとなり、覚醒状態から傾眠状態に移行すると、それが数時間続くこともある。

 ヘロインを使用して最初に押し寄せる快感は、長期間にわたって使用するとそれが繰り返されなくなる。初めに経験した陶酔感は消えない記憶として残り、中毒者はそれを執拗に追い求めることになる。「薬物が脳を乗っ取り、快感の体験が得られなくなる。以前は強い陶酔感を得ていても、中毒者になると少し良い気分が味わえるくらいでいい方だ」とスタイン氏は述べる。

 ヘロインの使用経験によって引き起こされた脳の変化は一生涯続く。ホフマン氏は生前、麻薬をやめてから20年以上も手を出さなかったが再び依存症になってしまったと語っていた。彼のように一度ヘロインを経験した人は、何度でも中毒に陥ってしまう危うさをずっと抱えているのだ。「麻薬は脳の記憶中枢に対し強力に作用する」とスタイン氏は説明する。「麻薬使用の経験は、非常に強い正の強化によって脳に確実に染み付いてしまう」。

 ホフマン氏はまた、アメリカ東海岸で流通しているヘロインの危険な内容物の犠牲者でもあったのかもしれない。「ペンシルバニア州、バーモント州、メリーランド州ほか東海岸全域で、フェンタニル(ヘロインと同じオピオイド系の強力な合成麻薬)を混ぜたヘロインが流通しているという報告を受けている」とスタイン氏。「人々は想像するよりはるかに強力な薬物を摂取している」。

 また、依存症からの復帰と再発の繰り返しは多くの麻薬中毒患者にみられるが、それによって患者自身の耐性レベルを計算することがだんだん難しくなる。本人はほんのちょっと試してみるだけだと思っているのかもしれないが、再発時は以前よりも急激に中毒症状に陥ることが少なくない。スミス氏によると、「ハチに刺されて起こるアレルギーのようなもの」だという。「刺されると激しい炎症反応を起こし、それは刺されるたびに前回よりもひどくなる」。

 ヘロインが許容量を超えると、脳は心拍と呼吸を継続させる自動メッセージを送ることをやめ、その人は過剰摂取により死に至る。

 もしホフマン氏が過剰摂取をしたと思われる時間帯に一人でなかったら、彼は助かっていたかもしれない。ナロキソンという抗オピオイド注射剤は、救急医療隊員のほとんどが救急車の中に常備している。スタイン氏によると、「この薬剤を使用できれば、驚異的な回復が望める」。薬剤が脳の原始的な領域を再活性化し、体が呼吸し心臓が血液を送るようにと、脳が再び信号を送り始めるのだ。

Photograph by Andrew Burton, Getty

文=Susan Brink