エジプトのヌビア人、再定住はかなうか

2014.02.05
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アスワンの近くに移転したトシュカ(Toshka)の村で家の外に座るヌビア人の女性。2013年12月撮影。

Photograph by Tara Todras-Whitehill; Map by NGM Art
 ヌビアの人権活動家ファトマ・エマン・サコリー(Fatma Emam Sakory)氏は動揺した様子で取材に遅れて来た。そして、心を落ち着かせる時間をとると、エジプト、カイロの繁華街を早足で通り過ぎているときに浴びせられた差別発言を次々と挙げていった。 男性に声を掛けられて拒絶すると、「おまえみたいな黒人を誰が見たいものか」と捨てぜりふを吐かれたという。

 アフリカ系の黒い肌を持つヌビア人は、アラブ人が大部分を占めるエジプトでは目立つ。そのため、このような扱いを受けることは珍しくない。

 ヌビア人は何十年もの間、エジプト社会の主流からはじき出され、政治的にも野党暮らしを強いられてきた。エジプト南部とスーダン北部の境界にある歴史上の故郷に戻ることを目指し、ほとんど実りのない運動を続けてきた。

 エジプトに暮らす数万人のヌビア人は今、ついにチャンスが訪れたと感じている。

 エジプトでは1月に国民投票が行われ、物議を醸しながらも、98%の賛成によって新憲法が可決された。その中では、「(エジプトの)ヌビア人を故郷に戻し、10年以内に開発する」と断言している。

 国民投票は大統領候補アブドルファッターフ・アッシーシー(Abdel-Fattah Al-Sisi)氏に対するもので、新憲法のヌビア人に関する記述は重要な条項ではない。アッシーシー氏はエジプト軍の有力な司令官で、2013年夏、広く支持された軍事クーデターを指揮し、ムハンマド・ムルシー(Mohamed Morsi)氏率いるムスリム同胞団の政権を倒した。

 軍の影響下にある暫定政府、あるいは2014年中に行われる選挙に勝利した新政府が憲法の文言に従えば、ヌビア人の国内追放はついに終わりを迎えるかもしれない。

◆水没した故郷

 ヌビア人の強制退去は20世紀前半に始まった。イギリス人がナイル川の流域に複数のダムを建設し、ヌビア人の農民や漁師が故郷を追われた。

 そして1960年代、アスワン・ハイ・ダムが建設され、その上流にナセル湖ができると、エジプトのヌビアはすべて飲み込まれ、残っていた住民も退去せざるを得なくなった。

 この場所には現在、ナイル川に沿うように、人口のまばらな細長い土地のみが残されている。国境によってエジプトとスーダンに分離され、ボードでしか行き来できない。

 特にヌビア人にとっては苦々しい結末だった。7000年前に築かれた文明が大帝国を治め、そのファラオたちが75年にわたってエジプト全土を支配した歴史を持つためだ。

 カイロに拠点を置く活動家たちによれば、エジプトのヌビア人のコミュニティーは約30万人規模。そのうち最大6万人が1960年代に退去を強いられ、残りは植民地時代に土地を追われたか、すでに職を求めて故郷を出ていたという。

◆再定住の現実

 アスワン・ハイ・ダムの建設後、“再定住”のためのコミュニティーがつくられた。そこに移り住んだ多くのヌビア人はとりわけ大きな影響を受けている。

 これらのコミュニティーはいいかげんなつくりで、ナイル川からも遠いと批判されている。肥沃な川岸で作物を育ててきた人々にとってはつらい現実だ。

 前の世代の住人は多くが職を求めてカイロや北部のアレクサンドリアに移ってしまった。現在、新しい世代も同じ道をたどろうとしている。

 サコリー氏はカイロ生まれで、ナセル湖の底に沈んでしまった故郷を知らない。それでも、ヌビア人が故郷に戻る権利を激しく訴えている。同様の情熱を燃やす若者は少なくない。

 財務省で働くムスタファ・エル・ショルブジ(Mustafa El Shorbgy)氏の一家は1920年代、祖父母の世代にカイロに移り住んだ。エジプトがアフリカとの結び付きを受け入れる日が来ることを、ショーブジー氏は夢見ている。「ヌビアがアフリカへの扉になることを願う」。

◆前進

 ヌビア人の多くは今回の国民投票について、憲法の不平等が覆された瞬間と歓迎している。これまでの憲法はヌビア人の権利に言及していなかった。

 サコリー氏はヌビア人に対する認識が高まったことについて、「これまではあり得なかった」と評価している。

 暫定政府はムスリム同胞団の前政権と距離を置くため、新憲法の起草に参加したいというヌビア人の要求を受け入れた。前政権は少数派の権利に無関心だと考えられていた。

 ただし、ナイル川の岸に再定住したいというヌビア人の夢がかなうまでにはまだ長い道のりが待っている。

 民主主義・選挙支援研究所(IDEA)に所属する憲法の専門家ザイド・アル・アリ(Zaid Al-Ali)氏は、「結局、約束が守られないことは決して珍しくない」と話す。

 ナセル湖のほとりにヌビア人のための新しい村をつくるという目標が10年以内に果たされないのではないかと疑う人もいる。

 新憲法には再定住の方法が具体的に記されていない。ヌビアの人々は詳細を明確にするための戦いもやむないと考えている。

 スウェーデンでアラビア語と英語の翻訳者として働くカイロ生まれのヌビア人ヤヒア・モハメド(Yahia Mohammed)氏は、もし政府が約束を破れば、何らかの反発があると予想している。「115年にわたって社会から排除、無視してきた当然の結果だ」。

Photograph by Tara Todras-Whitehill

文=Peter Schwartzstein

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