ブラックホールは存在しない?

2014.01.28
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超大質量ブラックホールのイメージイラスト。極めて密度の高い天体で、各銀河の中心に存在すると考えられている。

ILLUSTRATION BY NASA/JPL/CALTECH
「これまで想定されてきたようなブラックホールは存在しない」。宇宙で最大級の謎を秘める天体に関して、著名な理論物理学者スティーブン・ホーキング氏が新説を発表した。学界では賛否両論、さまざまな議論が飛び交っている。 また、ホーキング氏は、一部の研究者が唱える「ブラックホールには“ファイアウォール”が存在する」という説に対しても反論しており、宇宙に関する論争がさらに活発化しそうだ。

 従来の想定では、ブラックホールは強大な重力を持っており、その名が示す通り、光でさえ脱出できないとされてきた。そして、無限に抜け出せない境界「事象の地平線」が存在し、そこから先の情報は知り得ない。

 この概念モデルでは、事象の地平線を越えた物質が持つ情報は、すべて破壊されることになる。ところが、宇宙の振る舞いを素粒子レベルで最も整合的に説明する量子物理学においては、情報は決して破壊することはできないとされている。つまりブラックホールは、根本的な部分で矛盾を抱えているのだ。

◆事象の地平線は存在しない

 このパラドックスを解消するのがホーキング氏の新説で、「ブラックホールには事象の地平線など存在せず、情報が消滅することもない」と論じている。

「事象の地平線の否定は、光でさえ脱出できない支配圏を持つ天体といった意味でのブラックホールの再定義につながる」。

 同氏は新たな境界として、「見かけの地平線」を提案。一時的に閉じ込められた物質やエネルギーは、最終的に放射として再び出現できる。その放射は、ブラックホールに落ちていった物質の情報を、形はまったく異なるがすべて保持している。「外に出てくる情報はある種のスクランブル処理が施されており、元通り再構築する現実的な方法は存在しない」。見かけの地平線でスクランブル処理が発生するのは、地球上の気象と似たようなカオス的な性質を持っているためだという。

「2〜3日以上先の天気がまったく予測できないのと同様に、漏れ出た情報からはブラックホールに何が落ちたのかを再現できない」。

◆ファイアウォールは存在しない

 ホーキング氏の説が正しいとすると、近年一部の研究者が主張している「事象の地平線にあるファイアウォール」も存在する必要がなくなる。

 ファイアウォール説が登場した理由は、ブラックホールをめぐる別の矛盾を解消するためであった。量子力学からブラックホールをとらえた場合、情報が破壊されないだけでなく、あらゆる粒子が「一夫一婦制」の下でペアを形成していなければならない。しかし、ブラックホールから外へ出る粒子は、落ちていく粒子だけでなく、以前に出ていた粒子とも絡み合いを持とうとする(量子的もつれ)。しかし、同時に2つのペアに属することはできないので、ペアの1つは解消されなくてはならない。この時、大量のエネルギーが放出され、強烈な放射によって灼熱(しゃくねつ)の壁が生み出されるというのである。

 このファイアウォール説は、量子力学的なもつれに関する矛盾には対処できるが、アインシュタインの「等価原理」とは矛盾を引き起こす。等価原理によれば、ブラックホールの事象の地平線を通過しても特に大きな出来事は発生せず、仮に宇宙飛行士が事象の地平線を通過しても気が付かないと考えられている。ところが、灼熱のファイアウォールに出くわした宇宙飛行士は、一瞬で燃えて灰になってしまうだろう。アインシュタインの等価原理に反するファイアウォールは、以前から「存在しない」とホーキング氏などが主張している。

 一方、アメリカ、カブリ理論物理学研究所の理論物理学者でファイアウォール説を唱えるジョセフ・ポルチンスキー(Joseph Polchinski)氏は、「ホーキング氏は、ファイアウォールの代わりとして、“カオスウォール”を持ち出したようだ」と反論する。

◆論争の始まり

 ホーキング氏の新説発表以降、ポルチンスキー氏だけでなく、世界中でさまざまな研究者が反応を示している。カリフォルニア工科大学の理論物理学者ショーン・キャロル(Sean Carroll)氏は、「注意してほしいのだが、ブラックホールをめぐるすべての疑問に答える、飛躍的な新理論をホーキング氏が思い付いたというわけではない。どの謎も解決からはまだ程遠い」と語る。

「今後のホーキング氏の動向に注目したい。おそらく、優れた主張をまだ秘めているに違いない」。

 今回のホーキング氏の論文は、オンラインジャーナル「arXiv」に1月22日付けで掲載されている。

ILLUSTRATION BY NASA/JPL/CALTECH

文=Charles Q. Choi

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