脳科学と生命倫理、今後の5つの課題

2013.12.25
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神経科学分野の研究によって、ヒトの精神のはたらきを垣間見られるようになった。これによって今後道徳的ジレンマが生じるだろうと生命倫理の専門家は指摘する。

Image by Pasieka, Science Photo Library/Corbis
 脳機能についての理解が進む中で、研究の最前線として神経科学と並んで注目を集めているのが、生命倫理の分野だ。 アメリカの生命倫理に関する大統領評議会(Presidential Commission for the Study of Bioethical Issues)は今月18日の会合で、脳科学の道徳的問題を話し合った。バラク・オバマ大統領は今年、BRAINイニシアチブ(Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies Initiative)と称し、予算1億ドルを投じて脳活動のマッピング研究を行う国家プロジェクトの開始を発表している。こうした神経科学研究によって人の精神のはたらきを垣間見られるようになった場合に、どのような道徳的ジレンマが起こりうるかを検討するのが、今回オバマ大統領が生命倫理の専門家らを招集した目的である。

 ここでは、生命倫理および遺伝学の専門家であるスタンフォード大学のハンク・グリーリー(Hank Greely)氏にインタビューを行い、神経科学における大きな議論を5つ紹介してもらった。

◆ 1. 予測:病気の発症も、犯罪も予測できる?

 アルツハイマー病の発症可能性の予測には、多額の研究費が投じられている。実際に予測が可能になったら、家族のあり方や医療制度に、非常に大きな影響が出るだろう。

 もう1つ、予測の対象として考えられているのが犯罪だ。脳スキャンによって、犯罪に走る可能性の高い個人を特定できるようになったら、どうなるだろうか。すべての刑事事件について脳スキャンを行うかどうかは、賛否両論となるだろう。

 おそらく脳スキャンのデータは、刑事裁判においては証拠の1つとして扱われるにすぎない。だがもし、もともと再犯の可能性が高いと目されていた受刑者について、神経科学の立場からも同様の予測が得られた場合は、刑期満了後に予防的収容や予防的治療を行うかどうかの判断には大きな影響がおよぶだろう。

◆ 2.「心を読む」:麻痺患者との意思疎通や、嘘発見器に応用できる?

 神経科学で「心を読む」ことが可能になると最初に提唱した際は反論を覚悟していたが、同業者の多くはこれに同意した。たとえば、マサチューセッツ工科大学(MIT)の学部生らを対象とした実験では、被験者の思い浮かべているものが人の顔か、風景かを、85%の精度で言い当てているが、これは十分な数字だ。

 実用化の意義があるのは、重度の麻痺があって会話ができない患者の意思を、脳スキャンによって確認するなどの利用法だ。

 これを発言の真偽の確認に利用した場合は、法的、倫理的、社会的にさまざまな問題が持ち上がるだろう。現在、神経科学による嘘発見を行っているのは、ノーライMRI(NoLieMRI)の1社のみだが、同社はその方法も結果も公表しておらず、問題視されている。それでもポリグラフの代替となる嘘発見技術を模索している国防省からは、この分野に関心が寄せられている。

「心を読む」技術が法廷で利用されるとしたら、手始めは身体障害の認定に関してだろう。腰痛を訴えて社会保障を請求している人の中には、実際には痛みのない人もいる。現状では確認の方法がないが、神経科学によって確かめられるとすれば意味がある。

◆ 3. 責任能力:脳疾患による判断能力の喪失が裁判で認められる?

 神経科学者の中には、この分野の発達によって、将来的に司法制度はなくなると考えている者もいる。ヒトには厳密な意味での「自由意志」など存在しないということが、神経科学によって明らかになると見ているためだ。「脳に命令されたからやった」では、責任能力を問えない。もっとも、この見方を支持する司法関係者には会ったことがない。

 ただし1つだけ、バージニア州で起こった事例を紹介しよう。40歳の男性が突然ポルノに興味を持つようになり、児童ポルノに関心が移って、ついに12歳の義理の娘に乱暴した。男性は判決の直前に、頭痛があって文字が読めないと訴え、意識を失った。

 緊急手術によって、男性の左前頭葉に鶏卵ほどの大きさの腫瘍が見つかった。この部位は、研究によって、判断や認識に関わるとされている。腫瘍を切除したところ、男性の性衝動は失われた。

 ところが10カ月後、男性は保護観察官に対し、再び衝動を覚えるようになったと告白した。X線検査によって腫瘍の再発が確認され、再び切除手術が行われた。それから数年、この男性は逮捕されるような事件を起こしていない。

 脳の異常によって判断能力を失うことがあると証明されれば、以前の裁判時に脳スキャンを勧めるべきであったとして弁護士を訴える事案が、今後多発するだろう。

◆ 4. 治療:医療への応用はどこまで可能か?

 神経科学に多額の資金が投じられているのは、パーキンソン病などの疾患の治療への応用に期待が寄せられているからでもある。

 しかし、たとえば麻薬中毒などの治療への応用については慎重にならざるを得ない。また、脳スキャンの結果に基づいて、司法が治療を命じたり、親が子に治療を受けさせたりすることは、どの程度まで認められるだろうか。

◆ 5. 能力向上:薬剤による能力向上は許される?

 この話題でまず思い浮かべるのは、大学生が勉強の効率を上げるため、みずからの意思でアデラルやリタリン(いずれも注意欠陥障害の治療薬として用いられる)を服用する事例だ。これらの薬剤には眠気防止効果こそ認められているが、勉強の役に立つという裏づけはあまりない。

 だがもし効果が実証された場合、薬剤の使用による能力向上は、使用しない学生に対して不公平ではないだろうか。薬剤の使用によって資格試験に受かったとして、その学生は十分な能力があると言えるだろうか。

 記憶は、神経科学研究が影響を及ぼしうる分野である。すでに、アルツハイマー病や通常の加齢に伴う記憶力の喪失との関係で、さまざまな研究が行われている。私自身、若い頃の記憶力を取り戻せる薬があるのなら、服用したい場面がある。 最後にグリーリー氏に聞いた。

◆倫理はこれまで道徳上の問題だったが、これからは神経科学に基づいた、脳に関する議論になるのか?

 そうは思わない。神経科学によってさまざまな問題が持ち上がっているように、ほかの技術もさまざまな問題を提起している。ただ、脳は私たちの自己認識に重大な影響を持つので、神経科学のもたらす問題は、特に根本的なものとなる。

 どんな技術についても、2つの疑問を問うてみる必要がある。

1つ目は、その技術が「機能するか」だ。SFじみたアイデアに夢中になって、ある技術がうまく機能するものと過信してしまうことはよくある。

 もう1つは、その技術が機能するとしたら「どうするか」だ。どんな技術にも、メリットとデメリットがある。

 2つの疑問の両方に目を向けることは本当に重要だ。時機を逃したら、どちらについて考えるにも手遅れになってしまう。

(この記事はハンク・グリーリー氏へのインタビューを編集、要約したものである。)

Image by Pasieka, Science Photo Library/Corbis

文=Dan Vergano

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