対立の複雑さ、N・マンデラの足跡

2013.12.06
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1990年9月15日、南アフリカ共和国のソウェト地区で、政党間の武力衝突が激化。炎に包まれるインカタ自由党(IFP)支持のズールー人男性を、対立政党であるアフリカ民族会議(ANC)の支持者がこん棒で殴りつけている。

Photograph by Greg Marinovich, AP
 1990年9月15日、南アフリカ共和国のソウェト地区で、政党間の武力衝突が激化。炎に包まれるインカタ自由党(IFP)支持のズールー人男性を、対立政党であるアフリカ民族会議(ANC)の支持者がこん棒で殴りつけている。 ANCが勝利を収め、ネルソン・マンデラの大統領選出につながる1994年の全人種参加選挙まで、多くの国民が増加の一途を辿る武力衝突に脅えていた。特に、当初は共闘関係にあったANCとIFPの党派間抗争が激しさを増していた。さらに、これにつけ込んで多数派の黒人を抑圧しようと、白人至上主義者が両者の対立を煽り、民族間紛争に火をつけるような攻撃や爆破テロも起きていた。

 マンデラは、武器を海に放棄するよう民衆に訴えるとともに、警察や治安部隊に少なからず存在する反抗的な隊員に対して厳しい処分を要求。白人体制最後の大統領、フレデリック・デクラーク氏と粘り強く交渉を続けた。

 強い抵抗に遭いながらもANCは、20年前までは黒人に投票権が与えられず、バスや列車、海水浴場、レストランなど公共施設で人種間区別が日常だった国家に変革をもたらす。ANCが選挙で勝利し、大統領に就任した同氏は、自身の政権にインカタ自由党の指導者を起用。白人系の右翼指導者にも声を掛けるなど、人種間の緊張緩和に尽力した結果、政治的な武力衝突に歯止めがかかった。

Photograph by Greg Marinovich, AP
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