危機を迎えると再分化する不死のクラゲ

2009.01.29
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年齢をさかのぼる能力をもった“不死の”クラゲ「Turritopsis dohrnii」。世界中の海で静かに繁栄していることが2008年6月発表の研究で明らかになった。

 この小さなクラゲの細胞は危機に遭うと転換して、個体は若いポリプの状態に変化する(写真右)。海底や岩の表面などに固着したポリプは、遺伝子的に同一のクラゲを何百匹も産むことができる。

Photographs courtesy Stefano Piraino (inset) and Maria Pia Miglietta
 まさに、“深海のベンジャミン・バトン”だ。年齢をさかのぼる能力をもった“不死の”クラゲが世界中の海で静かに繁殖し、次々と群れを成していることが最近の研究で明らかになった。 映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2月7日公開)はブラッド・ピット演じる主人公が80代の男性として誕生し、徐々に若返っていく物語。このクラゲはその主人公と同様に大人から赤ちゃんに変身するが、映画とちょっと違うのはそれを何度も繰り返せるという点だ。ただし、あくまでも緊急措置として行っているらしい。

 このクラゲは「Turritopsis dohrnii」という学名で、成長すると人の小指のツメほどの大きさになる。1883年に地中海で発見されたのだが、そのユニークな能力が発見されたのは1990年代になってからだった。

 Turritopsis dohrniiは通常、海中を漂う精子が卵に出会うという昔ながらの有性生殖を行い、ほとんどの場合は普通にその一生を終える。「だが、飢餓や体の損傷といった存続の危機に見舞われると、死を待つ代わりに、既存のすべての細胞を未成熟の状態に転換する」と話すのは、論文を発表したペンシルバニア州立大学の研究者マリア・ピア・ミグリエッタ氏。

 このときTurritopsis dohrniiは、まず嚢胞(のうほう)に変身してから、ポリプ(イソギンチャクのように岩などに固着する形態)のコロニーに成長する。ポリプは本来、クラゲの一生の中では初期の段階に当たる。この過程でクラゲの細胞は再分化する場合が多く、筋細胞が神経細胞になったり、精子や卵になったりすることもある。ポリプのコロニーはやがて無性生殖を行い、遺伝子的に同一のクラゲ(元の成体のクラゲのほぼ完璧なコピー)を何百匹も産み出す。

 このようにユニークな手段で苦境を乗り越えて、Turritopsis dohrniiの群れは世界中の海に広がることになったようだ。

 ミグリエッタ氏とパナマにあるスミソニアン熱帯研究所のハリラオス・レシオス氏は、スペイン、イタリア、日本、フロリダ、パナマなどでこのクラゲを採取してDNAを比較し、2008年6月号の「Biological Invasions」誌に研究成果を発表した。

 世界各地で収集したにも関わらず、調査したすべての標本の遺伝子が同一であることを発見して、両氏は驚いた。遺伝子的に同一のクラゲの群れが単に海流に乗るだけでこれほど広範囲に分布するとは考えられないため、長距離の貨物船に乗って運ばれたのではないかとミグリエッタ氏は推測している。クラゲは船のバラスト水(船を安定させるために積載・排出される海水)に取り込まれて移動することがよくあり、その間にポリプが船体に固着する可能性もある。

 もう1つの謎は年齢をさかのぼるという驚くべき能力の仕組みだが、このクラゲは非常に効率的な細胞修復のメカニズムを持っていて、そのために時間が経過しても“老化”しないで年齢を重ねることができるのではないか、とミグリエッタ氏は考えている。

 イタリアのサレント大学の生物学者ステファノ・ピライノ氏によると、このクラゲは人間の健康にとって最大の脅威の1つである癌(がん)の治療に役立つ可能性があるという。

「死ぬはずだったクラゲの一部の細胞は、ある遺伝子のスイッチをオフにして、他の遺伝子のスイッチをオンにすることができる。そうすることで、ライフサイクルの初期段階で使っていた遺伝子プログラムを復活させている。この仕組みを詳しく研究すれば、癌細胞のような静かに急速に広がる侵入者への対抗手段を発見できるかもしれない」と、ピライノ氏は話している。

Photographs courtesy Stefano Piraino (inset) and Maria Pia Miglietta

文=Ker Than

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