「私は、身体的な経験と抽象的な認識がどのように関連し、影響し合っているかという点に注目している」とカスパー氏は語る。
このテーマに関心を寄せる研究者はカスパー氏が初めてではない。「クリーン状態効果」、つまり手洗いなどの行為が、道徳的な純潔度や、「幸運や不運は洗い流せる」という信念に対して前向きの影響を与えるという理論もある。同氏は、その後の行動にもたらす影響にまで発展させようと試みた。
「“実際の認知能力”まで調査対象を広げるとどうなるか? 以前の研究は、望むかどうかに関わらず、“洗うことで過去の痕跡を払拭できる”という説に留まっている」とカスパー氏。「失敗の後に手を洗えば、立ち直れるのだろうか? その後の行動はどうなるのか? 知りたかったのはこの点だ」。
同氏は被験者を2つのグループに分けて、同じ「不可能な課題」を解くように依頼。想定どおり課題に失敗した後、一方のグループだけに手を洗ってもらった。どちらも特に落ち込むこともなく2度目の課題に取り組み、最初よりも上手にこなしたが、手を洗ったグループの様子は明らかに楽観的だったという。
しかし、前向きな気分と“やる気”の高さは直結しなかったという。2回目は、手を洗わなかったグループの方が成績がよかったのだ。
理由についていくつか説明できるが、カスパー氏は次のように考えている。「失敗の後に手を洗うと気分がよくなり、問題に区切りをつけようという気持ちが生まれる。しかし、もっと頑張ろうという欲求も洗い流される」。
「手洗いは、身体から汚れを取り除くだけでなく、精神的なレベルで複数の効果をもたらすのではないか。まるで何もかもリセットする儀式のように」と、カスパー氏は持論を説明している。
シェイクスピアの戯曲『マクベス』では、罪の意識にさいなまれたマクベス夫人が、夜ごと手を洗う仕草を繰り返す。結末はご存じだろう。
今回の研究結果は、「Social Psychological and Personality Science」誌オンライン版に2012年4月10日付けで発表された。
Photograph by Luca Tettoni, Corbis