子どもの頃の記憶は当てにならない?

2013.10.31
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新たに発表された研究から、幼少期の記憶には注意する必要があることがわかった。

Photograph by John Burcham, National Geographic
 心の傷が残るような幼少期の体験は、正しく鮮明に記憶されると誰もが思う。しかしそうした先入観が、刑事事件の裁判官や陪審員の判断を誤った方向に導く危険性をはらむことが、新たな分析調査から判明した。 目撃証言を真に受ける警察関係者や陪審員は珍しくない。しかし、シティ大学ロンドンの心理学者マーク・L・ハウ(Mark L. Howe)氏によると、神経科学と行動学の観点からは、幼少期の体験に関する人の記憶を信じ込むのは間違いだという。

「裁判では、人の記憶が唯一の証拠となるケースが多い。しかし北米やヨーロッパの警察関係者や裁判官、陪審員は、人の記憶がどのように形成されるのか、時間経過とともにどのように歪められるのかという点をよくわかっていない。心的ストレスや感情が記憶にもたらす影響もしかりだ」とハウ氏は述べている。

 8~9歳ぐらいまでの幼少期は、経験の細部や正確性を担保できる記憶力がまず身についていないという。特に、心的ストレスの負荷が重い出来事の場合は精度が低くなると調査は結論付けている。

 信憑性に乏しい幼少期の目撃証言に関わる事件と言えば、1980年代にアメリカ全土をパニックに陥れた「マクマーティン事件」が有名だ。カリフォルニア州マンハッタン・ビーチの保育園の保育士が、児童に性的虐待を加えたとして告発されたケースである。

 同事件では、1990年の最終公判で起訴はすべて取り下げられている。ある心理学者が、「調査官が子どもに架空の虐待の記憶を植え付けていた」と主張し、多くの陪審員が判断に迷う結果になったためだ。

 しかしハウ氏は、「人の記憶の不正確性をいくら訴えても、警察関係者はいまだに幼少期の証言を当てにしすぎる傾向がある」と主張する。

◆幼児期健忘

 行動学の教科書には、人の記憶力は幼少期にゆっくりと発達し、生後18カ月までの記憶の大部分がその後の成長とともに喪失すると書かれている。「幼児期健忘」という現象だが、8歳までの記憶も希薄で詳細度に欠けるという。

 そのため、公正な裁判所で成人が証言する場合でも、幼少期の出来事に関しては正確性が期待できない。逆に、詳細な内容を証言する目撃者は、無意識のうちに脚色、創作している可能性が高い。

「出来事の直後に尋ねると、幼い子どもは基本的な事実に関して正確に証言する。しかし、それ以外の細かい点はほとんど憶えていない」とハウ氏。服の色や当日の天気など、詳細な点を含む目撃証言をする人間は、容疑者の可能性さえある。実際の記憶でさえ、時間の経過とともに歪められていくのである。

 心的ストレスの負荷が重い場合は特に鮮明に記憶に残るという説もあるが、これも心理学研究の観点から見れば誤りだという。「いくら重大なストレスでも、子どもの脳に記憶がその後も残り続けるとは限らない」。

 2006年に行われた調査では、裁判官、陪審員、警察関係者の半数以上が、「トラウマ体験は長年にわたって頭の中に封じ込まれた後、なにかのきっかけで復元される場合がある」という点に同意している。一方、記憶を研究している専門家でこれに同意するのは、4分の1未満に留まっている。

◆記憶は不確かなもの

 ハウ氏は今回の研究で、人の記憶が日常の中で固定化し、変わらないまま残る、という解釈は間違いと総括。しかし裁判の場では、目撃証言の信憑性を示す根拠としてまかり通っているのが現状だ。多くの心理学者や神経科学者が目撃証言という手法に批判的なのも、この先入観に異を唱えているためといえる。

 成人が幼少期の出来事を振り返る場合でも、正確性の面で大きな問題がある。しかし、このような信憑性に乏しい証言に頼って判決が下されている事件は多い。

 ハウ氏によると、過去の幼児虐待に関する裁判では、すべて記憶に基づく証言が判決を左右しているという。医療記録などの裏付けを欠く場合は、唯一の証拠を記憶に頼るパターンが繰り返されてる。

 今回の調査結果が明らかにしたポイントは、虐待の記憶が形成された年齢、そして原告側の証言が含む情報の種類の重要性だ。さらに、その情報が記憶されてから経過した年月、その期間中に記憶そのものに影響を与えるような体験の有無を考慮する必要があるという。

 過去の出来事を詳細かつ正確に思い出そうとしても、人の記憶が当てにならないケースは無数に存在する。実際、自らが関わった経験の中核部分でさえ、人は誤って記憶する。

 ハウ氏によると記憶の意義は、細部を正確に思い出すためではなく、体験から有用な意味を引き出す点にあるという。そのように活用できる人こそ、自ら築いた世界観を通じて現況を見極め、未来を思い描くことができるのだ。

 今回の研究結果は、「Nature Reviews Neuroscience」誌オンライン版に10月30日付けで発表された。

Photograph by John Burcham, National Geographic

文=Dan Vergano,

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