「宇宙戦争」、パニックはなかった?

2013.10.31
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H・G・ウェルズのSF小説『宇宙戦争』を下敷きにしたラジオ番組を放送するオーソン・ウェルズ。1938年10月30日、ニューヨークのスタジオにて。火星人襲来のリアルな描写は、一部のリスナーをパニックに陥れた。

AP Photo
 オーソン・ウェルズの有名な『宇宙戦争(The War of the Worlds)』がラジオで放送されてから、2013年10月30日で75年になる。このドラマは、ウェルズのラジオ番組「マーキュリー・シアター・オン・ジ・エア」で流れたもの。火星人が地球を侵略する詳細な描写に、多くのリスナーは本当に火星人がやってきたと信じた。 ハーバート・ジョージ・ウェルズ(H・G・ウェルズ)による1898年の小説を、当時の現代風にアレンジしたハワード・コッチの脚本は、偽のニュース番組として放送された。他の番組を中断しての速報という形をとり、ニュージャージー州ウェストウィンザー・タウンシップにあるグローバーズミルという村落で、農場の近くに宇宙船が着陸したと、ニュースキャスターが迫真の“生放送”を行った。宇宙船の中から火星人が現れて、住民40人を殺害したと、キャスターは重々しい口調で伝えた。

 番組が引き起こした“パニック”の程度は、当時の新聞によってかなり誇張されているとする研究者もいるが、それでも、特にニュージャージー州やニューヨーク州で多くの人を不安に陥れたことは事実だ。

 通信手段やメディアの多様化した現代において、このような出来事が再び起こる可能性はあるのだろうか? それとも、実際にはさほど珍しくないことなのだろうか?

◆嘘だらけの世界

「程度は軽いが、こうしたことは現代ではよく起こっている」とアメリカ、ミシガン州ロチェスターにあるオークランド大学のコミュニケーション学准教授キャシー・バトルズ(Kathy Battles)氏は述べる。「ソーシャルメディアではそれが日常ではないだろうか」。

 あの当時はみんなで集まってラジオを聴くことが多かったと、バトルズ氏は指摘する。『宇宙戦争』の放送によって、警察や、ニューヨークにあるCBSの放送局には問い合わせが殺到し、電話線がパンクしたが、これを現代に置き換えると、インターネットで拾った情報を、それが事実かどうかツイッターで友人に尋ねるようなものだ。

◆時代が生んだ現象

「あの放送は、それが成立しえたつかの間の時代ならではの産物だ」と、都市伝説を検証するWebサイト「Snopes.com」の創設者であるデイビッド・ミケルソン(David Mikkelson)氏は述べる。「1つしかないリアルタイムのニュースメディアが、まだ発展途上だった時代だからこそ起こりえた」。

 他のニュースソースをチェックして、それが事実かどうかすぐに確認できなかった状況では、人々がだまされたのも無理はない。特にそれがドラマだと知らなかった人や、ドラマであることを知らせる番組内の告知を聴いていなかった人ならなおのことだ。

「1938年という時代背景も考慮する必要がある」と、IEEEヒストリーセンターで周知活動を担当する歴史学者アレクサンダー・マグーン(Alexander Magoun)氏は述べる。第2次世界大戦前夜で開戦への不安が広がっていたことに加え、当時ニコラ・テスラが発明したと主張していた殺人光線が、『宇宙戦争』にも火星人の武器として登場したのだ。

 O・ウェルズと脚本家コッチは、これらの要素を巧みに織り交ぜ、H・G・ウェルズの40年前の小説を現代化したとマグーン氏は述べる。

◆誇張されたパニック

「放送が人々を動揺させたことは否定しない」と、メイン大学のコミュニケーション学准教授マイケル・ソコロウ(Michael Socolow)氏は述べる。「恐怖をあおらなかったと言うつもりもない。ただ、パニックや恐慌状態を引き起こしたとの報道は、大いなる誇張だと考えている」。

「番組の聴取率は微々たるものだった」とソコロウ氏は述べる。「にもかかわらず、新聞が大げさに書き立てた」。その主なねらいは、新興メディアで、放送内容を新聞報道に頼っていたラジオの評判を落とすことにあったと、ソコロウ氏は考えている。

◆歴史の証人

 生涯をグローバーズミルで過ごしてきたロバート・サンダーズ・ジュニアさん(81歳)は、当時の放送を直接記憶している、今では数少ないアメリカ人の1人だ。

「私の父が番組のことを知っていて、それがドラマだということも知っていた」とサンダーズ・ジュニアさんは話す。

 この週1回のラジオ番組を聴いていた人なら誰でも、マーキュリー・シアターが毎回有名な小説をドラマ化して放送することを知っていた。『宇宙戦争』も、当日のラジオ番組欄で紹介されていた。

 その日曜の夜、いつもは静かなグローバーズミルのクランベリー・ロードには「車があふれて数珠つなぎになった。火星人の姿を一目見ようとした人たちだ」とサンダーズさんは振り返る。

 当時の報道によると、グローバーズミルに住むウィリアム・ドックという人物は、サンダーズさん宅近くの大きな給水塔を火星人の宇宙船と勘違いし、塔に向かって発砲したという。

「放送の影響は、やや局地的なものだった」とマグーン氏は述べる。「ウェストウィンザーでこの騒動を苦々しく思っていた人が多いのはそのためだ。騙されたこと、そしてまんまと引っかかった自分たちに腹を立てたのだ」。

◆ラジオの力

「これは本当に優れたラジオドラマだ」と、オークランド大学のバトルズ氏は述べる。「ドラマチックで、巧みで、完璧にリアル。個人的には、ラジオのあらゆる固定観念を完全に覆すものだ」。

 現在、ニュースが事実かどうかを人々が確認する手段は格段に増えたが、その一方で、デマを仕掛けたり、いい加減な噂話を広めようとする側にとっても、自分たちの主張に真実味をもたせるのに役立つツールが、視覚的なものも含めて増えている。

 Scopes.comのミケルソン氏は、現代のいたずらは手が込んでおり、偽の動画や写真を証拠に使って嘘の情報をインターネットに流していると指摘する。

 先ごろ、ワシントンD.C.で行われたトラック運転手の抗議活動がその好例だと、ミケルソン氏は述べる。一部のオンラインニュースサイトが、抗議活動は街にひどい渋滞を招いたと報じたが、よく見てみると、そのときのものとして掲載された写真は、実はイタリアで6年前に起こったトラック運転手の抗議活動の写真だった。

 ミケルソン氏は言う。「もしもインターネットが1938年に存在したら、地面が陥没してできた穴の写真を載せて、これが火星人侵略の証拠だという人たちがいただろう」。

AP Photo

文=Jarret Liotta

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