1883年に発生したインドネシア、クラカタウ山の大噴火の模様を描いた絵。1257年の巨大噴火は、この8倍の規模だったと考えられている。

Illustration from Hulton Archive/Getty Images
 史上最大級の自然災害に関する大きな謎の1つが解明されたかもしれない。これは、過去3700年間で最大の火山噴火にまつわるものだ。800年ほど前に発生したこの噴火は、発生当初は記録に残されていたものの、その後は忘れ去られていた。今回の研究にあたった科学者たちは、噴火により生まれた“極東のポンペイ”が、インドネシアの島のどこかで火山灰に埋まり、発見を待っている可能性もあると指摘している。 この巨大噴火で北極から南極に至る地球全体に灰をまき散らした火山は、インドネシアのロンボク島にあるサマラス(Samalas)山と特定された。パリ第1大学所属の地理学者、フランク・ラビーニュ(Franck Lavigne)氏が率いる研究チームはさらにこの噴火の発生時期について、1257年の5月から10月の間だったとの結論に達している。

 この噴火に関しては、30年前に氷河の研究から存在が確認されていたが、発生場所については、ニュージーランドのオカタイナ山からメキシコのエル・チチョンまで、世界各地のさまざまな候補が挙げられ、火山の専門家の間でも意見が割れていた。

 これまで場所が特定されていなかったこの巨大噴火は、1883年に発生した有名なクラカタウ山の噴火の8倍、1815年のタンボラ山の噴火の約2倍の規模だったと推定されている。「今に至るまで、過去3700年間で最大の噴火はタンボラ山のものだったと考えられていたが、今回の研究により1257年の噴火はさらに大規模だったことが判明した」とラビーニュ氏は述べている。

◆解明される巨大噴火の謎

 この巨大噴火にまつわる謎を解くため、今回の研究ではさまざまな分野の科学者が結集し、既知の手がかりを新たな研究データと照合した。新たなデータとしては、放射性炭素による年代測定、火山噴出物の化学組成、地層データ、古文書などが用いられた。

 この超巨大噴火による噴出物は体積にして40立方キロメートルにのぼり、地上4万3000メートルにまで達したのち、世界中に降下物となって舞い降りたと考えられる。

 噴火の発生時期をさらに特定するため、研究チームではロンボク島のサマラス山やリンジャニ山の斜面で炭化した木の幹や枝を採取した。放射性炭素のデータは、この噴火が13世紀半ばに起きたことを裏付けるもので、採取した木の枝には1257年以降の年代を示したものはなかった。これらのデータにより、この時期に噴火が発生していないエル・チチョンやオカタイナ山は候補から除外された。

 さらにこの噴火により生じた硫酸塩や火山灰は、遠くグリーンランドや南極にまで達し、これらの場所にある氷床コアに閉じ込められていることが、氷のサンプル採取で判明していた。「まずは氷床コアの研究から着手し、(南北両極の火山物質分布から)噴火が熱帯地域で起きたことがわかっていた」とラビーニュ氏は話す。

 これにより噴火が発生した地域の範囲がさらに狭まった。エクアドルのキロトア山はおおむねこの時期に巨大噴火を起こしており、今ではその噴火跡はロンボク島にある巨大湖、セガラ・アナ湖と同様のカルデラ湖になっている。しかし氷河のサンプル調査の結果から、キロトア山もまた候補から外れた。地球化学的手法を用い、グリーンランドの氷床と南極の氷に含まれていたガラス片を分析したところ、その組成はキロトア山の火山灰に含まれているガラス質の組成とは一致しなかった。逆に、サマラス山付近で採取したガラス質とはかなり確度の高い一致が見られたという。

◆世界中におよんだ噴火の衝撃

 この巨大噴火は赤道付近で発生したが、その衝撃は世界全体におよび、記録が残されている。「この噴火から少なくとも2年間は、気候に影響があった」とラビーニュ氏は解説する。

 中世ヨーロッパの記録文書を見ると、噴火の翌年と考えられる1258年の夏について、異常に気温が低かったとの記述がある。「夏のない年」と呼ばれたこの年は農産物が不作で、さらに絶え間ない降雨による洪水で大きな被害がもたらされたという。一方、噴火直後の冬は西ヨーロッパでは暖冬だったようだが、これは熱帯での火山噴火で大気中の硫黄濃度が上がったためだと考えられる。

 噴火が起きたインドネシアの記録には、より甚大な被害に関する噴火直後の記述が見受けられる。ヤシの葉に綴られた古ジャワ語の文書「ロンボク年代記」(Babad Lombok)には、巨大な火山噴火によりロンボク島のサマラス山にカルデラができたとの記述がある。

 この文書はさらに、火山灰の降下や火砕流によって数千人が死亡し、王国の首都だったパマタンの街とその周囲は壊滅的な打撃を受けたと記している。これらの記録には噴火の正確な日付は記載されていないが、13世紀末よりは前に起きたことがわかり、推定される発生時期はかなり狭められた。こうした古文書の記述は、科学的調査による証拠とも一致するものだ。

 サマラス山に関しては、古文書以上に魅力的な遺構が発見を待っている可能性がある。かつてのロンボク王国の都、パマタンが巨大噴火により地中に埋もれているかもしれないのだ。今回の研究論文の執筆者たちも「パマタンは“極東のポンペイ”となる可能性を秘めている」と記しているが、その保存状況は今のところ誰にもわからない。

 今回の研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌オンライン版に9月30日付で掲載された。

Illustration from Hulton Archive/Getty Images

文=Brian Handwerk