9年の歳月を費やした今回の追跡調査は過去最大規模。巨大なジンベエザメが、はるか遠い各地の海から、プランクトン豊富なメキシコ湾岸一帯に何百匹も訪れている。
体長は最大で12メートル以上、体重は平均で18.7トンもある。穏やかな気性で、小さなプランクトンや小魚、卵などを口から吸い込み濾過して摂食する。
また、オーストラリア西部からインドネシア、ベリーズまで、世界に10カ所以上あるエサ場を単独で回遊している。しかし5月から9月にかけては、ユカタン半島の北西部、メキシコのキンタナロー州海域におよそ800匹以上が集まり、その数はほかのエサ場よりはるかに多い。
アメリカ、フロリダ州にあるモート海洋研究所のサメ研究センター所長で、調査を率いたロバート・ヒューター(Robert Hueter)氏は、「キンタナロー沖からさらに広大な海域に、すなわちメキシコ湾を通ってカリブ海へ、あるいはフロリダ海峡を通って大西洋へと移動していた」と述べる。「ただし、6年連続でこの海に回帰している。残りの季節を生き延びるために、十分な栄養を蓄えているに違いない」。
◆データの分析
ほぼ決まっている個体数と接近のしやすさから、ヒューター氏はキンタナロー沖を調査ポイントに選定。2003年から9年間、各個体に標識を付け、人工衛星による追跡データを収集した。このデータは、モート海洋研究所とメキシコの国家自然保護区委員会(CONANP)が最近実施した協同調査の骨幹となっている。
「費やした時間と収集したデータ量は、まさに記念碑的だ」と、ワシントンD.C.にあるスミソニアン国立動物園の栄養学部門(Nutrition Science Department)の責任者を務めるジンベエザメの専門家、マイク・マスランカ氏は賞賛する。
◆出産の謎を解明?
標識を付けた800匹以上の中でもとりわけ注目したのが、「リオ・レディ(Rio Lady)」という名の成熟した妊娠中のメスである。標識が外れるまでの約5カ月間、約7800キロの長旅が追跡された。
「リオ・レディの移動はブラジルからアフリカまで続いた。残念ながら、赤道を通過したところで標識が外れてしまったが」とヒューター氏は説明する。
しかし、リオ・レディの追跡データや世界各地の検証例から、メスの生息域に関する長年の疑問点に解明の目処がついた。キンタナロー州沖を訪れる個体の70%以上はオスで、ほかのエサ場でも比率は同程度だったのだ。
「自然界ではありえないバランスだ。オスの方がこれだけ多いと数が不安定になる。つまり、メスはほかの海域にいるはずだ。そこで、成熟した妊娠中のメスは出産場所を求めて、大西洋中央部、もしくは海山か孤島付近に向かって長い回遊に出ているという仮説を立てた。エサ場のある海岸沿いで出産すれば、60センチにも満たない幼魚は捕食者の絶好のターゲットなってしまうからね」と、ヒューター氏は自説を述べる。
「この仮説には自信がある。後は実証するだけであり、時間の問題だ」と、同氏は付け加えた。
生まれたばかりのジンベエザメの目撃例は少ない。「出産場所がわかれば大きな前進だ。生態の解明に大きな一歩となる」とマスランカ氏は期待する。
しかし、実際はそれほど簡単ではない。世界中に分布するジンベエザメは、単独行動で集団を形成せず、滅多に姿を現さないからだ。
「生態系の管理という観点からも、今後も安心して出産を続けられる場所なのか確かめたいと思う」。
Photograph by Mauricio Handler, National Geographic Stock