野生動物との共生を模索、インドの農村

2013.08.20
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自宅の前で、トラに襲われた際の傷跡を見せる男性。後ろでは子どもたちが様子を見守っている。

Photograph by Gautam Singh, AP
 人間と野生生物の利害がぶつかると、時としてどちらにとっても不幸な結末を招く。インドの農村地帯では、多くの人々が穀物の栽培や家畜の飼育を生業としている。こうした場所にトラやヒョウ、ゾウ、さらにはブタが出没し、農民の生計、さらには人命をも脅かす事態が生まれている。 「これはどちらか一方が悪いという話ではない」と語るのは、保全生物学者のクリシー・K・カランス(Krithi K. Karanth)氏だ。「都会に住んでいる人なら、自分の土地にトラがやってくるという話にロマンを感じるかもしれない。しかし、こうした野生動物のすぐそばで生活を送っている人にとっては、非常に大きな負担だ」。

 これまで30年にわたる野生生物の保護策や環境保全政策の結果、絶滅危惧種の個体数は減少に歯止めがかかった。その一方で、人口密度の高い地域では動物と人間の衝突が増えるというというジレンマが生じている。

 これらの衝突が起きるのは、「ハードエッジ」と呼ばれる、自然保護区と人が住む村落の境目にあたる地域だ。野生動物は、エサとなる動物の減少や同種の個体間での競争といった理由により、保護区から迷い出てくる。あるいは、人間の栽培するサトウキビやコメのおいしさに引かれて出てくる場合もある。

◆農民と野生動物の戦い

 先ごろ発表された研究論文の中で、カランス氏をはじめとする研究チームは、インド国内の広さ7499平方キロの地域を対象に、およそ2000世帯に対して調査を行った。これらの世帯の多くは農業で生計を立てており、全世帯が西ガーツ山脈地域にある5つの自然公園から10キロ以内に位置している。西ガーツ山脈は、インドの西海岸沿いを走る山脈だ。

 調査対象のうち、野生生物の被害を受けたと回答した世帯の割合は、穀物で64%、家畜で15%に達した。また、3分の1の世帯が補償金を求めて被害を政府に報告したという。

「住んでいる場所の地理的な条件から、農民たちは常にこうした野生動物との衝突にさらされやすい立場にあるはずだ」と、カランス氏は指摘する。同氏はナショナル ジオグラフィック協会の2012年度エマージング探検家であり、その研究は本協会の通算1万件目の助成プログラムに選ばれている。

 インド内外の新聞では、ヒョウが激怒した地主に毒を盛られたり、村人の集団に取り囲まれたトラが殺されたりしたケースが報じられている。しかしカランス氏の研究では、大部分の世帯は野生動物に寛容であることが判明した。ただしこれには、人間の側にケガや犠牲が出なければ、という条件がつく。

 実際、住民たちは近隣に生息する野生生物が村を訪れないようにするため、リスクを少しでも軽減する戦術をとっている。家畜の被害を防ぐために、見張りを立てて厳重に警戒するとともに、番犬を使い、太陽光発電を使った電気柵や木製の柵などを立てている。

 作物の被害を防ぐ方法として、調査対象となった世帯の約半分は高床式の見張り台を設け、3~6カ月の期間、毎日徹夜で農地の監視にあたっている。畑にやってくる動物を追い払うためは、太鼓や鐘、花火などが使われている。カランス氏は、被害を避けるため、サトウキビ畑の周囲にトウガラシを1列植えた農民もいると聞いたという。

 しかし今回の研究によると、これらの戦術は作物や家畜の被害を軽減したものの、長期的に見た被害防止にはつながっていなかったという。野生動物は大音響に慣れ、柵を押し倒し、見張りがいないときを見計らって再び畑にやってくる。

「柵や溝を設ける、徹夜で見張りをする、資金をつぎ込むといった対策は行われているものの、効果を発揮しているものはほぼ何もないようだ」と、カランス氏は指摘する。

 それでも、豊かな自然を誇る地域の周縁部に住む人たちは、野生動物に対して比較的寛容な態度を保っていることも、今回の研究では明らかになった。

◆野生動物への敬意が息づくインド

 カランス氏はバンディプル国立公園内にある、ある女性を訪ねた時のことを話してくれた。この女性の農地では毎年、ブタの襲撃により作物の一部に被害が出ていた。カランス氏が、「被害を受けて腹が立ちますか?」と尋ねたところ、この女性は「ここは私たちの家であると同時に、彼らの家でもあるのです」と答えたという。

 このような寛容さは、多くの場合、文化や宗教に根ざしたものだ。野生を象徴するこれらの動物たちは絶滅の危機にあるが、それでもインドで生きていけるのは、こうした人間側の態度のおかげだとカラント氏は指摘する。ゾウやトラ、ヒョウを害獣や脅威と捉えることは、人間と野生動物との争いをエスカレートさせるだけど、同氏は述べている。

 リスク緩和のための手だてにやみくもに資金を投入するのではなく、これらの手段を科学的な目で評価、追跡調査して、どれが長期的に見て効果があるかを見極めることを、カラント氏は薦めている。また、今回の研究では特に被害を受けやすい村落を特定した地図が作成されており、これにより常時監視による防護措置など、衝突を事前に避ける対策の精度も上がるものと期待される。

 カランス氏はインド政府についても、作物や家畜の被害を報告する世帯の申請や認定、補償金の支払いについて、手続きの改善が必要だとの考えだ。多くの場合、農村地区の世帯では被害を記録する写真の提供が非常に難しく、人が亡くなったりケガをしたりしたケースを除くと、補償金を受け取りまでには1年を要する。その結果、被害の報告をあきらめてしまう世帯が多いというのだ。

 その他のアイデアとしては、これらの農地を、野生生物が観察できる観光地として売り出すというものがある。この案にはカラント氏も前向きだ。「これならば地元の人たちも生まれ育った場所で生計が立てられるうえに、野生生物について、被害をもたらすものとしてではなく、利益をもたらしてくれるものという目で見られるようになる。これらの動物がまだインドに住んでいることを、地元の人たちにも誇りに思ってほしい」。

 カランス氏らの研究論文は、査読付きの学術誌「Biological Conservation」の10月号に掲載された。

Photograph by Gautam Singh, AP

文=Andrew Fazekas

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