人力ヘリコプター、史上初の快挙達成

2013.07.25
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シコルスキー人力ヘリコプター賞を史上初めて受賞したアトラス号。

Photograph by AHS International, Inc.
 航空分野で最高クラスの賞の1つに、「シコルスキー人力ヘリコプター賞」がある。創設以来、30年以上受賞者がゼロという難関だったが、今年ついにその壁を破る覇者が誕生。偉業を成し遂げたのはカナダのトロント大学を母体とするチーム「アエロベロ」の「アトラス号」で、見た目は航空機というよりも巨大なシーリングファンに近い。 アメリカのメリーランド大学航空宇宙工学科のチームも2012年、「ガメラ2号」で惜しいところまでいったが、あと一歩届かなかった。アエロベロには、賞金25万ドル(約2500万円)が贈られる。

◆人力ヘリコプターの夢

 シコルスキー賞が求める条件は次の通り。「60秒間浮上」し、「少なくとも1度、最下部が地上3メートルの高さまで到達」、「その間、操縦席の位置が10メートル四方の範囲から出ない」。機体や乗員にもいろいろルールがあるが、飛行に関してはこれだけだ。しかし、アメリカヘリコプター協会(AHS)が1980年に賞を創設して以来、浮上に成功した機体でさえわずか5機しかない。

 ヘリコプターを浮上させ高度を維持する試みは、固定翼機に比べてはるかに難しいといわれている。

 カリフォルニア州立工科大学サンルイスオビスポ校の工学者ビル・パターソン(Bill Patterson)氏は、「空気力学的に大量のパワーを必要とする。前進できるのなら、速度のおかげで多くの空気をつかめるのだが」と条件の厳しさを語る。同氏のチームがかつて開発した「ダビンチIII」は、シコルスキー賞に挑んで初めて浮上に成功した人力ヘリコプターである。

◆サイズの問題

 パターソン氏のチームは、創設された直後から賞を狙っていた。1989年、ようやく浮上に成功するが、高さ20センチ、滞空時間7秒が限界だった。その機体は、操縦席の上で長さ約15メートルの2枚のブレードが回転するヘリコプターらしい姿をしていた。

 しかし、サイズを大きくしないと浮上できない。大きくすると重くなり、制御も難しくなる。「まるで猛獣使いの気分だった」とパターソン氏は話す。

 猛獣を飼いならす方法を編み出したのが日本大学のチーム。開発した「YURI-I号」は20メートル四方のX型のフレームを持ち、各4カ所の先端に長さ5メートルの回転ブレードが取り付けられていた。このアイディアで、巨大なサイズと軽量化を実現。4つの回転翼が互いにバランスを取る仕組みも導入し1994年、浮上に成功する。

 以来、アトラス号やガメラ2号を含め、人力ヘリコプターはすべて、日本人が発明した「X型のフレームに4つの回転翼」というデザインを踏襲。2009年、メリーランド大学がガメラプロジェクトを開始し、3年後にYURI-I号の記録を更新する。

◆勝利への道

 ガメラプロジェクトの成功に刺激を受け、人力羽ばたき機の開発などに取り組んでいたトロント大学のチームが昨年、人力ヘリコプターの開発に参加を決断する。

 2013年春には、両チーム間の競争が激化。どちらのチームも、賞の条件を1つずつクリアしていった。

 2013年6月13日、ついにトロント大学のアトラス号が1回のフライトで3条件を見事クリア。7月11日、正式にシコルスキー賞の受賞が発表された。

 チームリーダーのキャメロン・ロバートソン(Cameron Robertson)氏は、「ようやくコントロールが可能になった。3メートルの高さや60秒の滞空時間は達成できていたが、“箱”の中に留まるのが難しい」と語る。

 チームは発想を転換。機体の柔構造を逆に利用して、中心部の操縦席と回転翼の部分をワイヤでつなぎ、パイロットが体を傾けると回転翼も傾く仕掛けを編み出した。

「直感的に操縦できるようになって、反応も速くなった」とロバートソン氏は話す。「この方法だと、重量も8%軽くて済む」。

 歴代の人力ヘリコプターは非常に繊細な作りで、屋外での飛行は難しい。しかし、アトラス号のシンプルな制御方法のおかげで、事前のバランス調整作業は大幅に軽減された。いずれオリンピック競技に採用される日を夢見て、アトラス号を生み出したチーム「アエロベロ」は、既に次の目標に向かっている。

Photograph by AHS International, Inc.

文=Nancy Shute

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