研究チームによれば、用いた発展途上国のデータは最も包括的な内容だという。研究の目的は、エネルギー政策を決定する際に、結果を考察する拠り所となる基準の提示だった。
アメリカ、マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学教授マイケル・グリーンストーン(Michael Greenstone)氏は、「汚染物質、中でも粒子状物質に長期間さらされると、平均寿命が決定的な被害を受ける。紛れもない事実だ」と述べる。「健康や平均寿命への悪影響について正確な証拠を提示できた。政策決定において成長と環境のバランスは大変重要だが、今後はより細かい指摘が可能になるだろう」。
◆悪意のない実験
粒子状物質の汚染による影響の明白な証拠は、ある悪意のない社会実験で明らかになった。住民の健康へのダメージは、5億人に及んだという。
1950~80年の30年間、中国政府は淮河(わいが)と秦嶺(しんれい)山脈以北の住民すべてを対象に、家庭やオフィスで使う暖房用石炭を無償で提供していた。その境界線は1月の平均気温で線引きされ、淮河流域がちょうど摂氏0度だったためという。当時の暖房設備の多くが現役で、この政策は人々の暮らしに今も影響している。無償提供は終了したが補助金が支給されており、中国南部の都市部では廃れた石炭暖房が北部では主流として活躍している。
冬の寒さから逃れるため、最も必要とする人々に石炭を提供することが本来の政策目的だった。ところが今回の研究結果は、同地域で呼吸循環器疾患による死亡者が劇的に増加したという裏腹の結果を示している。
研究論文によれば、1981~2000年、北部の総浮遊粒子状物質(TSP)の大気中濃度は南部より55%高く、平均寿命は5.52歳短かったという。
「もちろん中国政府にそのような意図はなかった」とグリーンストーン氏は話す。「一見理にかなった政策がもたらした予期せぬ結果だ」。
中国北部には、首都北京をはじめ世界で最も汚染された大都市圏の常連となっている都市がいくつも含まれている。つまり、住民5億人×5.52歳、計25億年以上の寿命が喪失したことになるのだ。
◆測定基準
研究結果によれば、1立方メートル当たりのTSPが100マイクログラム増えるごとに、長期間さらされた人の平均寿命は約3年短くなるという。調査対象の期間、中国の粒子状物質の濃度は400マイクログラムを超えていた。
2001年以降の平均寿命のデータは分析対象から外れているが、2003~2008年の大気汚染データは集計済みだという。それによると、淮河より北ではまだTSPの濃度が26%高いという結果が出ており、「北部の住民の寿命はいまだ後退している」と研究論文は示唆している。
グリーンストーン氏は、たとえ明日、政策が撤回されても、「健康への影響はおそらく何十年も続くだろう。中国北部の人々は長年にわたって高濃度の汚染物質にさらされ、体がむしばまれている可能性が高い」とメールで述べている。
今回の研究結果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌オンライン版に7月8日付けで発表されている。
Photograph by Jason Lee, Reuters/Corbis