催涙ガスの歴史と科学

2013.06.14
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トルコ、イスタンブールのタクシム広場で、催涙ガス弾を警察隊に投げ返すデモ参加者(6月11日)。

Photograph by Kostas Tsironis, AP Photo
 トルコの警察隊は6月11日、数千人規模の反政府デモ隊を制圧するため、イスタンブールのタクシン広場で催涙ガスを発射、放水を行った。5月31日以来、広場は抗議行動の中心地となっている。報道によると、当初の目的は再開発のための樹木伐採への抗議だったが、次第に政権批判の性格が強まり、混乱はトルコ全土の200カ所以上に広がっている。 戦争行為での催涙ガスの使用はジュネーブ条約で国際的に禁止されており、一般市民に対して用いる行為も問題となっている。数年前の「アラブの春」では、各国政府がデモ制圧に利用、多くの市民が負傷し死者も出た。

 ナショナル ジオグラフィックでは、催涙ガスの危険性について、イェール大学医学部の薬理学教授スベン・エリック・ヨルト(Sven-Eric Jordt)氏に取材。同氏は2000年代前半、痛みの受容体(レセプター)を刺激して人体に影響を与える催涙ガスの作用機序を解明した。

◆催涙ガスの歴史について簡単に説明してください。

 催涙ガスは、実際にはガス(気体)ではありません。エアロゾル(煙霧体)に変化する固体または液体です。催涙ガスとして利用される化学薬品には、多くの種類があります。

 現在の主流はCSやOCというガスで、世界中で普及しています。OCは、オレオレジン・カプシカム(Oleoresin Ccapsicum、チリペッパーオイル)のことで、トウガラシスプレーの有効成分であり、カプサイシン(刺激の強い天然物質)を含みます。

 一方CSガスには、クロロベンジリデンマロノニトリル(2-chlorobenzalmalononitrile)という電子と結合しやすい化合物が含まれており、痛みの受容体を刺激するのです。過去にはほかの化学物質も使われていました。例えばベトナム戦争で、米軍がベトコンを追い立てたCNガスはよく知られています。中には、毒性のため禁止された種類もありますが。

 催涙ガスは、痛みを感じる神経に効果を絞った神経ガスと言えるでしょう。神経伝達を阻害して筋肉を麻痺させる化学兵器とは異なりますが、無害でもなく、単なる刺激物でもありません。

◆催涙ガスについてどのような研究をされていますか?

 2006年と2009年に、催涙ガスが刺激する痛みの受容体を特定し、論文を発表しました。この受容体を刺激すると、目が開けられない、急激な痛み、呼吸困難につながる気管支痙攣(けいれん)などの反応が起きます。さらにアメリカ国立衛生研究所(NIH)の補助金を受けて、短時間または長期にわたって催涙ガスを浴びた場合、この受容体に働くブロッカー(拮抗薬)を特定しています。

◆新しい“催涙ガス受容体ブロッカー”について、これまでにわかったことは?

 まだ論文発表前ですが、このブロッカーは動物での痛みの反応や、催涙ガスを浴びた皮膚の炎症による腫れを軽減すると考えています。催涙ガスが人体に付着すると、特に目や脇の下のような湿り気のある部分で、やけどのようなけがや腫れが起きるのです。

 研究成果はまだ臨床試験前ですが、一般的な鎮痛剤にも応用が期待できます。この受容体は催涙ガスだけでなく、痛みを伴うほかの刺激や煙による刺激にも反応するからです。

 そもそもこの受容体は、人や動物に有害な化学物質への接触を警告する役割を担っています。無用な接触を避ければ、生存率を高められますからね。

◆催涙ガスは人に対して使用すべきでしょうか?

 その質問は何度も聞かれました。催涙ガスはジュネーブ条約で化学兵器に分類され、戦場での使用が禁止されていますが、市民に対しては歯止めがありません。全く筋の通らない話です。

Photograph by Kostas Tsironis, AP Photo

文=Brian Clark Howard

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