イヌの病気がトラに感染、異常行動も

2013.06.13
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インドネシア、スマトラ島北部の森に棲むスマトラトラ(資料写真)。

Photograph by Steve Winter, National Geographic
 通常は相容れないのがイヌとネコだが、専門家によれば、飼い犬に感染したウイルスが絶滅の危機に瀕する野生のトラに新たな脅威をもたらしている。その結果、人を恐れないトラが現れているという。 トラの生息地はどんどん縮小し、近くの村人やイヌジステンパーウイルス(CDV)を持つ飼い犬と接触する機会が増えている。CDVは命の危険もある感染症で、イヌ以外の小型哺乳動物に感染するケースもある。

 イギリスの自然保護団体ワイルドライフ・ベッツ・インターナショナル(WVI)によれば、極東ロシアに生息するシベリアトラ約400頭のうち15%がCDVに感染しているという。

 インドネシアのスマトラ島では、トラの奇妙な行動が確認されており、科学者たちはCDVが原因ではないかと考えている。感染していると思われるトラの多くは人を恐れないように見え、道路や村まで入り込んでくる。

 自然保護団体パンセラ(Panthera)で、トラ保護プログラムの上級ディレクターを務めるジョン・グッドリッチ(John Goodrich)氏は2003年、極東ロシアのポクロフカ(Pokrovka)村で、CDV感染のトラを初めて発見した。「村に入り込み、座っていた。健康そうな若いメスで、とても美しかった」。

 ただし、このトラは1点を見つめたままで、刺激に反応しなかった。当時、野生生物保護協会(WCS)の一員だったグッドリッチ氏は、「明かりはついているが、誰もいない家のようだった」と振り返る。

 グッドリッチ氏らはこのトラを麻酔で眠らせた。検査の結果、CDV感染が判明し、そのまま世話を続けたが6週間後に死亡した。

 こうしたトラの大胆な行動は、CDVによる脳障害の症状である可能性が高い。ほかにも呼吸器疾患や下痢、発作、痙攣(けいれん)や麻痺など神経症状を引き起こし、死に至る場合もある。

 トラのジステンパーについてはまだ十分に解明されていない。WVIの獣医師として動物園の動物や野生動物を診ているアンドリュー・グリーンウッド(Andrew Greenwood)氏は、「問題を引き起こさない程度の軽い症状で済むようだ。裏を返せばトラへの感染が広まると、もともとの宿主であるイヌより深刻な事態に陥る恐れがある」と話す。

 現状を危惧するWVIはインドネシア政府、獣医師とともに、トラの病気を監視する世界初のプログラムを計画している。CDVに感染する経緯、感染源を特定し、最善の対策を検討する取り組みだ。

 環境保護団体の試算によれば現在、アジア13カ国の野生のトラは3200頭まで減少し、生息域も93%縮小している。

◆命取りにも

 グリーンウッド氏によれば、ネコ科動物のCDV感染が最初に確認されたのは1980年代。アメリカ、カリフォルニア州で、飼育下の大型ネコ科動物に感染したときだという。

 ここ数十年では、アフリカのセレンゲティ国立公園に暮らすライオンが、マサイ族の遊牧民の飼い犬から感染した例がある。1994年には大規模感染に発展し、セレンゲティから3分の1のライオンが消えた。

 幸いトラは、ほかの大型ネコ科動物ほど社会性がないため、空気感染するCDVが拡大している気配はない。CDVに感染したイヌを食べている可能性が高い。1994年のセレンゲティがアジアで再現されれば、トラにとっては種の“破滅”だとグリーンウッド氏は話す。

 感染によって脳障害を起こしたトラが人の定住地に近づけば、密猟者や身を守ろうとする村人にすぐさま殺されるというのがグリーンウッド氏の予想だ。

 グリーンウッド氏によれば、WVIはトラの命を守るため、インドネシアの監視プログラムに加えて、狂犬病とCDVのワクチンキャンペーンも計画しているという。予防接種を広め、命にかかわるウイルスから飼い犬を守ってもらうのが目的だ。

 同種のキャンペーンには成功事例がある。希少なリカオンに飼い犬の病気が広がっていたアフリカのジンバブエでは、子どもを病気から守ることにもつながると知り、人々は犬の予防接種を受け入れた。

 さらに1994年の出来事を教訓に、マサイの遊牧民にも予防接種を広めた結果、セレンゲティのライオンが再び惨禍に見舞われる事態は阻止できているようだ。

Photograph by Steve Winter, National Geographic

文=Christine Dell'Amore

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