今回、強迫性障害になったドーベルマン8匹の脳をMRI(核磁気共鳴画像法)でスキャンしたところ、脳の構造的な特徴も等しいことが判明した。
アメリカ、インディアナ州にあるパデュー大学獣医学部の動物行動学の准教授で、今回の研究を率いた尾形庭子氏は、「人間と犬には数多くの共通点がある」と話す。
カリフォルニア州南部を拠点に活動している応用動物行動学者、ジル・ゴールドマン(Jill Goldman)氏も同意しており、「両者の類似点を新たに裏付けた」と評価している。
ゴールドマン氏によると、例えばアルツハイマー病に相当する老犬は、人間の変性疾患を分析するうえでの貴重な研究材料となっているという。
◆脳構造の特徴に共通点
アメリカ人の約2%が強迫性障害に苦しんでいるが、この不安障害の原因はまだわかっていない。
患者は、頻繁に手を洗ったり、ドアの鍵の開け閉めを何度も確認したりするなど、さまざまな強迫症状を示す。儀式的な行動を繰り返す傾向があり、日常生活に支障をきたす場合が多い。一方、強迫性障害の犬にも同様の反復行動がみられ、自分の尻尾を追い続けたり、手足を舐め続けたりする。
尾形氏のチームは今回、強迫性障害の犬8匹と、同数の健常犬を対象に分析を行った。犬種には、強迫性障害の遺伝的要因を持つことが最初に確認され、発症率も高いドーベルマンが選ばれた。アメリカにいるドーベルマンの約28%がこの疾患にかかっているという。
MRIスキャンを各グループに実施したところ、強迫性障害のドーベルマンは脳組織量が多く、特に灰白質の総量が上回った。灰白質は、脳と脊髄内部にある灰褐色の細胞組織で、大部分が神経細胞から成る。一方、特定部位における灰白質の密度は低く、どちらも人間の患者と同じ特徴を示している。
尾形氏によると、共通する特徴が現れる理由はわかっていないが今後も、脳と強迫性障害との関連性を探るために、被検体を増やし、別の犬種も対象に検証を繰り返していくという。
「犬は研究室のマウスとは違い、人間の生活と密接に関わっている。不安症の仕組みを解明し、その治療法を確立するうえでは、どちらも最高の研究対象と言える」と同氏は語った。
◆強迫性障害になった犬の扱い方
動物行動学者のゴールドマン氏は、強迫性障害を患っている犬を診断した経験から、対処法について次のように説明している。
まず飼い主は、犬の行動に目を光らせ、過度の反復行動をチェックする必要がある。影を追いかける、何もないのに空中に向かって口をパクパクさせる、自分のわき腹や毛布を舐める、尻尾を追いかける、裂傷になるまで手足を噛む、といった行動が繰り返されている場合は危険信号だ。
いずれかの強迫行動が確認されても、過度な反応は禁物だ。尻尾を追いかけ続けている犬を見て飼い主が大袈裟に騒ぎ立てると、犬はさらに不安を募らせ強迫行動を続けることになるという。「火に油を注ぐような態度は事態を悪化させる」とゴールドマン氏。
また、強迫行動を招くストレス要因を遠ざけることも重要だ。例えば、反復行動のきっかけが騒音ならば、なるべく静かに過ごす。
また、不安感でがんじがらめの犬を、なにか有意義なことに対する欲求で満たす方法も有効という。おやつを混ぜるタイプの犬用玩具は、工夫しないとおやつを取り出せないように工夫されており、さまざまな種類が販売されている。毎日の食事を容器によそってもらうのが今は当たり前だが、家畜化する前の犬は多大な労力と知恵を注ぎ、自力で食料を探してきた。そうした犬本来の欲求を満たすというわけである。
「こうした玩具を与えれば、犬は自傷行為より健全な行動に集中し、ストレス要因に対処できるようになる」とゴールドマン氏は語った。
ただし、同氏によると中には推奨できない遊びもあるという。例えばレーザーポインターだ。光線を追いかける猫は、過覚醒(PTSDの1種)を引き起こす場合もある。
最後に尾形氏はこう付け加えた。「そもそも犬は人間の手によって家畜化された動物だ。飼犬に苛立ちを覚えたら、そのことを思い出して欲しい。私たち人間が犬たちの行動に責任を持ち、問題行動の防止方法や対処方法を学んでいかなければならない」。
Photograph by Stephen Power, Alamy