火星旅行に大量被曝のリスク

2013.06.03
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火星の軌道に入る宇宙ステーションの想像図。

Illustration by Pierre Mion, National Geographic
 宇宙船に降り注ぐ放射線量を評価する初の研究が行われた。今から数十年後、宇宙飛行士が地球と火星を往復する未来が実現したとしても、有害な高エネルギー粒子線から宇宙飛行士を守ることは困難で予測のつかない作業になりそうだ。 NASAの火星探査車キュリオシティ(マーズ・サイエンス・ラボラトリ)に搭載した「レディエーション・アセスメント・ディテクター」(RAD:放射線評価検出器)という機器を使って測定したところ、宇宙飛行士は非常に高エネルギーの銀河宇宙線と太陽エネルギー粒子線を大量に浴びると予想されることが明らかになった。

 今回の測定結果は、深宇宙に関するこれまでの知見から予想されたものではあるが、実際の数値として示されるとショッキングだ。国際宇宙ステーション(ISS)と同等の防護がなされた宇宙船内にいても、宇宙飛行士は安全とされる生涯被曝量に近い、あるいはそれ以上の放射線を浴びることになる。

「これ自体は意外な結果ではないが、火星に行く人はその道中だけで相当量の放射線を浴びることが初めて実際のデータとして示された」と、RADチームのメンバーで研究主著者であるケアリー・ザイトリン(Cary Zeitlin)氏は述べる。

 道中の積算被曝線量は、5~6日に一度全身のCTスキャンを受ける量に匹敵すると、サウスウェスト研究所の主任研究員であるザイトリン氏は言う。

 RADはさらに火星における放射線レベルの測定も行っている。RADの実験責任者で同じくサウスウェスト研究所のドナルド・ハスラー(Donald Hassler)氏によると、年内に追加報告が得られる見込みだという。

◆危険な放射線量

 深宇宙の放射線量を測定している宇宙船はほかにもあるが、防護された宇宙船の中から、宇宙飛行士が経験するのに近い条件で測定を行ったのはRADが初めてだ。今回の結果から、火星に赴く宇宙飛行士の安全を守るためには、さらに強固な防護策を講じる必要があることが明らかになったと研究チームは述べる。

 NASAは米国時間5月30日の会見において、2030年代半ばまでに火星へ宇宙飛行士を送る計画を断念すべき要素は、今回のRADのデータには見つからなかったと表明した。

 しかし一方で、火星ミッションの安全性を確保するためには、太陽粒子線のより効果的な遮蔽方法、および火星への到達日数を短縮する推進システムの開発が不可欠だと述べている。

 NASAのジョンソン宇宙センターで宇宙飛行の放射線医学を担当するエディ・シモンズ(Eddie Semones)氏は、現行の技術ではNASAが火星に宇宙飛行士を送ることはできないと話す。被曝量が米国放射線防護・測定審議会(NCRP)の定める基準値を超えてしまうためだ。

 シモンズ氏によると、現行のNASAの基準では、癌の発症リスクの上昇を3%以内にとどめるよう定めているという。

 RADの測定結果に基づくと、火星まで片道253日(キュリオシティが火星到達に要した日数)の旅で、宇宙飛行士は466ミリシーベルトの銀河宇宙線と太陽エネルギー粒子線を浴びる計算になる。往復だとその倍だ。

 火星への有人飛行が実現するころには所要日数も短くなっていると予想されるため、研究チーム(およびNASA)は火星まで片道180日で計算している。それだと被曝量は片道330ミリシーベルトほどだ。

 多くの宇宙機関は、宇宙飛行士が健康リスク上昇の許容範囲を超えることなく生涯に浴びられる放射線量の限界を1000ミリシーベルト、すなわち1シーベルトと定めている。

 長期にわたる集団調査の結果、1シーベルトの生涯被曝量で致死的な癌の発症リスクは5%上昇することが明らかになっている。宇宙線による被曝も、中枢神経系の細胞、さらには脳の細胞を損傷すると考えられている。

◆最大の危険

 RADの測定において圧倒的に大きな放射線源となっていたのが銀河宇宙線だ。銀河宇宙線は恒星の“超新星”爆発に由来すると考えられている。この高エネルギー宇宙粒子線に含まれる重イオンは、通常の電子をもたない原子核であり、とりわけ人体に大きなリスクをもたらすことが知られている。

 深宇宙の宇宙線は通常、現行の宇宙船やISSに用いられているアルミニウム製の遮蔽材では防げない。

 絶え間なく降り注ぐ宇宙線に対し、太陽現象は一時的でまれにしか起こらないが、潜在的な危険性はこちらのほうが高い。ザイトリン氏とハスラー氏によると、キュリオシティが火星に向かった時期は太陽活動が比較的おとなしく、飛行中に発生した太陽フレアは5回だけだったという。太陽のバースト現象によって、宇宙飛行士がRADの測定値を大幅に超える放射線量を浴びるおそれもあると彼らは指摘する。

 このような高エネルギーの太陽現象から宇宙飛行士を守ることはある程度可能であるため、宇宙船の設計者や技術者の間では、太陽嵐が発生したときに中に入ってやり過ごせる安全強化エリアを宇宙船内に設ける必要性が以前から議論されている。

 一方、宇宙線は現行の宇宙船に用いられているほとんどの材質を通り抜けてしまうが、水に含まれる水素の防護効果が非常に高いことが知られている。そこで火星への飛行計画では、特に宇宙飛行士が眠るエリアを中心に、緩衝材として宇宙船の金属製外層内に水をためておく案が盛り込まれていることが多い(この水は飲料水や洗浄用、また将来的には植物の栽培用などに使われる)。

◆滞在時間がカギ

 宇宙飛行士が火星への往復の道中に浴びる放射線量は、宇宙空間に滞在する時間の長さに依存するため、リスクを低減する最善の方法は移動にかかる時間を短縮することだと、ザイトリン氏とハスラー氏は述べる。NASAは目下、宇宙船の推進を高速化する方法を模索しているところだ。

 もう1つの放射線対策として、元民間飛行士のデニス・チトー(Dennis Tito)氏率いるチームが今年に入って提案した方法がある。チトー氏は2018年に火星のフライバイミッションを実現させる計画を立てている。ミッションに搭乗する2名の宇宙飛行士として50代初め~半ばの男女を募集しているが、これは年配者は若年者に比べて帰還後の生存年数が短く、そのぶん統計的に放射線による癌の発症率が低くなるためだ。

 今回の研究は「Science」誌の5月31日号に発表された。

Illustration by Pierre Mion, National Geographic

文=Marc Kaufman

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