4万2千カ所確認、ナチス収容所新調査

2013.04.09
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現在のチェコにあったリパ農場労働施設で、ユダヤ人労働者が築いた干し草の山の前を通り過ぎるナチス・ドイツ親衛隊(SS)の隊員。

Photograph courtesy U.S. Holocaust Memorial Museum and Oldrich Stransky
 第三帝国と呼ばれたナチス・ドイツ時代のヨーロッパの地図が、大幅に書き改められようとしている。 13年前、研究者のジェフリー・メガーギー(Geoffrey Megargee)氏は過去の資料をもとに、ナチス統治時代のゲットー(隔離地区)や強制収容所の数とその詳細を記録する調査を開始した。当初、同氏はその数を7000カ所ほどではないかと見積もっていたが、これは実態よりもはるかに少ない数字だった。結果として4万2200カ所を超える施設が、同氏が編集を進めている全7巻予定の「The United States Holocaust Memorial Museum Encyclopedia of Camps and Ghettos, 1933-1945(米ホロコースト記念博物館編・強制収容所とゲットー百科事典 1933-45)」に収録される見込みだ。

◆困難を極めた収容施設の調査

 この百科事典では、少なくとも20人以上を収容し、1カ月以上存続していた施設を収録している。さらに、地図上の位置も特定するという条件もついた。調査の対象となる町が第2次世界大戦以来、何度も名前を変えているため、これは決して容易な作業ではない。

 調査にあたった研究者たちは、過去の研究や生存者との面談を手がかりにしたほか、「10カ国を超える国々の公文書館に埋もれていた」資料を探し回ったと、メガーギー氏は振り返っている。1990年代まで、こうした文書館の多くは鉄のカーテンに閉ざされた旧共産圏に属しており、域外の研究者が立ち入ることはできなかった。現在でも、外部による調査が制限されている場所がある。

 こうした施設には、ユダヤ人の大量殺戮(当時ドイツでは「最終解決策」と呼ばれた)目的で設けられたガス室を持つ絶滅収容所も含まれている。だがそうした収容所の調査は、この調査プロジェクトの一部にすぎない。

「我々が調査したのは、ホロコーストに直接関与した施設だけではない。(加えて)ナチスとその同盟国が運営していたあらゆる種類の迫害施設も調査の対象になった」とメガーギー氏は話す。

◆ヨーロッパ全土で行われた強制労働

 百科事典の各項目では各種の記録や生存者の証言をもとに、施設の実態が慎重ながら身の毛もよだつような描写で明らかにされている。同事典に掲載されている項目の多くは強制労働施設だ。

「当時のドイツでの生活を想像してみてほしい。農場、工場、小売店、病院、鉄道など、考え得るあらゆる事業で、強制的に働かされている外国人労働者がいたはずだ。ドイツ全土で、自らの意志に反して身柄を拘束され、強制労働に従事させられた人を見ない場所はなかっただろう。こうした人々の権利は侵害されていた」。

 さらに、これらの強制労働施設で職務怠慢とみなされた労働者は、労働教育施設に送られた。入所者は8週間にわたり、非常に過酷な労働を科せられ、殴打のほか独房監禁などの虐待を受けた。入所者の素行に改善が見られれば、もとの強制労働施設に戻す措置もとられた。だが改善が見られない場合、強制収容所に送られるおそれもあった。

 バテンシュテット・ザルツギッター労働教育施設は、ドイツの「ハレンドルフの北東に位置する森の中の某所」に設置され、女性800人と男性1000人を同時に収容できる規模だった。百科事典の記述によれば、1942年の1年間で資料に残っている同施設の死亡者は492人を数え、その死因は「心臓の弱さ」あるいは「逃亡を試みての射殺」だったという。この収容所の生存者は、あるナチスの親衛隊(SS)メンバーが「朝食に向かう収容者を殴っていた」と証言している(この施設にはユダヤ人も収容されていたが、ドイツにあった多くの強制労働/労働教育施設では、抑留者はユダヤ人以外の欧州出身の外国人であることが多かった)。 ◆驚くべき高率に達したユダヤ人収容者の死亡率

 ヨーロッパ在住のユダヤ人は当初、ゲットーに隔離された。こうしたゲットーが閉鎖されると、ユダヤ人の多くは命を奪われたが、ごく少数が労働を担う者として選ばれ、強制労働施設や強制収容所に送られた。ここでも定期的に選別が行われ、労働を続けられる者と殺される者に分けられた。こうした収容所やゲットーでのヨーロッパ在住ユダヤ人の死亡率は実に90%と、ドイツの強制労働施設における外国人労働者の死亡率である10%と比べて、驚異的な数字に達しているという。

「強制収容所とゲットー百科事典」では、すべての施設の名を記すことで、身柄を拘束され虐殺された無数の人々に追悼の意を示している。事典のページをめくると、ほとんどの人は名前も聞いたことがないような施設名も目に入る。例えばポーランドのポズナンにあった聖マルティヌス墓地に設けられた労働施設では、ユダヤ人がポーランド人の墓を掘り起こし、死者が身につけている金歯や宝石、真鍮などを探す作業に従事させられた。これらはナチスの軍用に供され、さらには墓石を壊して用いるケースもあった。さらに同事典にはガス室で知られるアウシュビッツ・ビルケナウなど、世界の記憶に刻まれた悪名高い絶滅収容所の名前も記されている。

Photograph courtesy U.S. Holocaust Memorial Museum and Oldrich Stransky

文=Marc Silver

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