人間と犬の友情は、どちらからの働き掛けによるものだろう?(資料写真)

Photograph by Vincent J. Musi, National Geographic
 寒空の下で生きていた犬が居間のソファでぬくぬく暮らすようになった経緯を語るとき、われわれはそれを人間の手柄にする傾向がある。最も一般的な仮説は次の通りだ。可愛い生き物に弱い狩猟採集民が、オオカミの子どもを見つけて飼い始めた。飼いならされたオオカミは狩りの能力を発揮するようになり、たき火を囲みながら一緒に暮らしているうちに犬へと進化した。 しかし、両者の馴れ初めにさかのぼってみると、この仮説はつじつまが合わない。まず、オオカミが家畜化された時代、人類は競合相手の肉食動物にあまり寛容ではなかった。約4万3000年前、現生人類がヨーロッパにわたってから、サーベルタイガーやジャイアント・ハイエナ(学名:Pachycrocuta brevirostris)などの大型肉食動物は皆殺しにされ、氷河期の動物はほとんど絶滅してしまった。

 オオカミを狩りに利用したという部分も説得力がない。人間は自分たちだけでも、どの大型肉食動物より狩りに秀でていた。また、オオカミは大量の肉を消費する。オオカミ10頭には毎日シカ1頭が必要だ。エサを与えるのも、奪い合うのも人間にとって負担だし、逆にオオカミからは期待できない。

 人間は歴史的に、オオカミを家畜化するどころか排除してきた。この数世紀、ほぼすべての文化で狩りの対象となり、絶滅に追い込んでいる。

 もしこの関係が過去数世紀の真実だとしたら、当初の疑問に戻ることになる。オオカミはどのように人間に受け入れられ、飼い犬に進化したのだろうか?

 基本的にわれわれは、進化における適者生存について最も強く優勢な種が生き残り、脆弱な種が滅びると考えがちだ。ところが、ほとんどの犬種はぜい肉を落として競争力をつけたのではなく、人なつこさが決め手になった。

 最も可能性が高いのは、人間からオオカミにアプローチしたのではなく、オオカミが人間にすり寄ったという説だ。おそらく、人間の居住地の隅にあるゴミ捨て場をあさることがきっかけになったはずだ。勇敢だが攻撃的なオオカミは人間に殺され、大胆で人懐っこいオオカミだけが受け入れられた。

 そして、友好的な関係が外見に変化をもたらす。家畜化の結果、体に斑点が入り、耳がだらりと垂れ、尾を振るようになった。わずか数世代で、攻撃的なオオカミとはまったく異なる外見になり、性格まで変わってしまう。さらに、最初期の犬とも言えるこのオオカミたちは、人間の仕草を読み取る能力を発達させた。

 犬が人間の仕草を読み取る能力は並外れており、人間に最も近いチンパンジーやボノボもかなわない。仕草に注意を払う方法は人間の幼児とよく似ている。

 新しい能力を手に入れた最初期の犬は、人間にとって価値ある存在となった。狩りに連れて行った人は有利だった可能性が高い。

 また非友好的な隣人に吠えかかる犬は、警報システムの役割も果たす。捕食動物から飼い主を守ることもできた。

 そして最後に、あまり考えたくないことだが、犬は非常食にもなった。冷蔵庫が発明される何千年も前、貯蔵しておく穀物もなく、狩猟採集民には犬を飼うまで食料の蓄えがなかった。苦境に直面したとき、最も狩りが苦手な犬が犠牲になり、人間や優秀な犬が生き延びた可能性がある。

 つまり、親切な人間がオオカミの子どもを拾ったのではなく、オオカミの方がわれわれを選んだ可能性が高い。そして、飼う利点が明白になると、犬が人間との関係から影響を受けたように、われわれも犬との絆が欠かせなくなった。もしかしたら、人間の文明を促進する役割を果たしていたのかもしれない。

Photograph by Vincent J. Musi, National Geographic

文=Brian Hare and Vanessa Woods