増加する脳震盪、対策を進めるNFL

2013.01.08
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アメリカン・フットボールのハイテクな防具の一例。エアーで調整するヘルメットとショルダーパッド。

Photograph by Mark Thiessen, National Geographic
 2月3日に開催されたアメリカン・フットボールの第47回スーパーボウルは、脳震盪(のうしんとう)との闘いという側面も持っていた。今回からメディアボックスの中に、チームドクターやトレーナーが専用で使用するカメラが複数台設置され、選手の動きに脳震盪を疑われる異変が生じた場合に、すぐに気づけるようになっていた。 カメラの設置は「以前なら論争になっただろう。相手チームが自分たちのプレーを監視しているのではないかと疑われたかもしれない。でも今では、この映像は純粋に安全のためのもの(と理解されている)」と、アメリカ・ナショナル・フットボールリーグ(NFL)の頭部・首・脊髄医療委員会の共同チェアマンであるリチャード・エレンボーゲン(Richard Ellenbogen)氏は言う。

 1月23日には、昨年自殺した元NFL選手のジュニア・セアウ(Junior Seau)氏の遺族が、NFLとヘルメット製造のリデル社を相手に訴訟を起こした。死後の解剖の結果、セアウ氏が慢性外傷性脳症(CTE)に苦しんでいたことが確認された。これは頭部への継続的な衝撃との関連が深い脳疾患だ。

 セアウ氏の遺族らは、CTEは抑うつ状態などの神経行動学的問題を引き起こすことがあり、セアウ氏の自殺もCTEに起因すると主張している。

 ほかにもこれまでに数千人もの元NFL選手やその家族らが、頭部の損傷に関してNFLを相手に訴訟を起こしている。これを受けてスポーツ界でも脳震盪への意識が高まり、調査研究や啓発活動が活発化している。

 アメフトなどのスポーツではルール変更も行われた。またNFL選手会がハーバード・メディカルスクールに1億ドルの助成金を出して、選手の健康について10年にわたる研究プロジェクトを立ち上げたことも1月31日に発表された。

 また2月に入って、NFLは脳震盪対策の鍵を握るヘルメットの技術開発について、大型のパートナーシップ契約を発表した。

◆試合を再現した衝突実験

 脳震盪を引き起こす衝撃について研究する現場では、目を奪われるような実験が行われている。ダミー人形の頭部にフットボール用のヘルメットをかぶせ、そこに指定した速度で機械をぶつけるというものだ。ヘルメット、マウスピース、頭部の中央の3カ所にセンサーを取り付けてあり、衝撃による加速度と重力を計測する。

 NFLは危険な衝突をリアルタイムで検知するため、選手の着用するヘルメットやマウスピースにセンサーを埋め込んで、衝撃を正確に計測することを検討している。そのための第一歩として、約1年にわたるこの研究計画が委任された。

 NFLの防具・競技規則小委員会の議長を務めるケビン・ガスコウィッツ(Kevin Guskiewicz)氏は、この実験ではヘルメットの12カ所を測定対象とし、アメフトの試合中に選手が受ける衝撃を再現するために5種類の異なる速度で衝撃を与えているという。実験の結果は間もなくまとめられる予定だという。

 こうした調査の必要性は明白だ。エレンボーゲン氏によると、NFLでは過去3シーズンにわたって、毎年200件以上の脳震盪が報告されている。

 ガスコウィッツ氏はノースカロライナ大学のスポーツ脳震盪研究プログラムも率いており、これまでに大学アメフトの選手による衝突データを約35万件収集している。

 9シーズンにわたるこのデータの分析を通じて、ガスコウィッツ氏は脳震盪の大きな謎に気づき、その解明を目指してきた。それは、衝撃が大きければ必ずしも損傷も大きいというわけではないことだ。衝撃を受けた部位と反復の度合いも大きく影響するという。

「ヘルメットは出血を伴うような深刻な脳への損傷を防ぐ目的で作られており、その効果は高い。だが私たちは、それに加えて脳震盪も防げるようなヘルメットを開発しようとしている」とガスコウィッツ氏は話す。

◆より良いヘルメットの開発

 このようなヘルメットの開発に向けて、NFLは米軍にも協力を求めた。米軍には、頭部保護に関して長い研究実績がある。

 数年前、NFLなどの各種スポーツ連盟と国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)がニューヨークで一堂に会し、防具の技術について議論を交わした。NFLと米軍との情報交換は今日まで続いている。

 衝撃をリアルタイムで計測する正確なセンサーが実装されれば、頭部の外傷保護は大きく前進すると米陸軍のフランク・ロザーノ(Frank Lozano)中佐は言う。ロザーノ中佐は兵員保護装備のプロダクトマネージャーを務める。

 米陸軍でも一部兵員用のヘルメットには数万個のセンサーを装着しており、頭部にかかる力を計測できるようになっている。「これはエネルギーがヘルメットから頭部にどう伝わるかを把握するために使われている」とロザーノ中佐は言う。

 脳震盪は脳が揺さぶられ頭蓋骨にぶつかることで起こる。ヘルメットで衝撃を吸収できれば、脳への衝撃はそのぶん弱くなる。

 衝撃吸収の鍵を握るのは、ヘルメットの内側のパッドだ。さまざまな素材で、かたさや厚さを変えたものが試作されている。

 また米空軍では、ヘルメットの外殻に使用できる新素材の研究も行っている。現在開発中の熱可塑性プラスチックは、鉄より数倍も強くはるかに軽いとロザーノ中佐は言う。

◆進化を目指して

 脳震盪はアメフト界だけの問題ではないし、米国だけの問題でもない。

 NFLのエレンボーゲン氏は最近、オーストラリアのラグビー、イギリスの乗馬、ヨーロッパのサッカーの各関係者と会談したという。いずれのスポーツでも脳震盪対策に積極的に乗り出している。

 エレンボーゲン氏によると、昨年チューリッヒで脳震盪に関する会議を行った際に、国際サッカー連盟(FIFA)の代表団の関心を集めたのは、メディアボックスの複数のカメラを用いて選手たちをさまざまな角度から確認し、トレーナーが異変に気づけるようにするというアイデアだったという。

 今回のスーパーボウルでは、このカメラの映像はフィールドにいるチームドクターが持つiPadにも転送された。もちろん、史上初の試みだ。脳震盪が疑われる選手にはサイドラインで診断を行うが、その際、記憶、集中力、平衡機能などのテストの記録と計時にも、iPadを使用する。

 見当識の異常や記憶障害、ものが二重に見えるなどの症状が見られる場合は、出場を停止しなくてはならない。もう少し軽い症状としては、単語や事実(たとえば最後に得点したのは誰かなど)を思い出すのに時間がかかる場合がある。

「完璧な診断テストはない」とNFLのエレンボーゲン氏は言う。フィールドでの安全性を高めるためには、医師の質を上げ、意見交換を活発にし、技術を向上させ、脳震盪についての啓発を行うとともに、不必要なラフプレーに対するペナルティを重くするなどの方策が考えられるとエレンボーゲン氏は指摘した。

Photograph by Mark Thiessen, National Geographic

文=Luna Shyr

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